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16.彼からのラブレター
しおりを挟むしかも、更にトドメを刺される出来事が。
我が家では固定電話の横にメモを置いており、そのメモは大抵の場合が裏紙だ。チラシなどを適当なサイズに切って、クリップでまとめておくのである。んで、豊かさんがお風呂に入ったため、寂しくなった私は居間をウロウロし出す。無駄な動きをしている自覚が有ったので、最終的には化学雑巾を手にしてテレビや電話台なんかを拭き始めたところ、ふとそのメモが目に留まったのだ。
明らかに原稿用紙っぽいその紙は、裏返すと正にソレで。しかも、素晴らしく達筆な豊さんの文字がミッチリ書かれていた。『あれは深夜に書いたポエムの如く、読み直すと恥ずかしくて死にそうになったから、捨ててしまったよ』…そんな言葉を思い出し、つい出来心でそれを繋いでしまったのである。
「本人の了承も得ずに読んではダメだよね…」
で、でもっ、だって、ほらっ!
自分のどこが好きなのか書いてあるんだよ?
そんなの読んでみたいに決まってる。どうせまた箇条書きで、私以外の誰にでも当て嵌まりそうなことをつらつらと褒めてあるんだろうけど。…でもまあ、読んでみたいよね?どうせ豊さんは長風呂なんだし、原稿用紙2枚分の文章なんてスグ読めるはず。そんな甘い考えで目を通したのだが。読んだ後、私はその原稿用紙を胸に抱きしめて激しく悶えることとなる。
何コレ?
なんかもう、熱烈なラブレターなんですけど。
>…奈緒さんは、優し過ぎる。
>俺はそれに返せることが何も無くて、
>いつも罪悪感に苦しむ。
>正直に告白すると実は俺、
>自分のダメな部分は把握していて、
>直せない自分にもずっと苛立ってた。
>そう、俺は自分自身が大嫌いだったんだ。
>『皆んなも俺が嫌いに決まってる』
>なんて負の感情がどんどん膨らみ、
>破裂寸前というタイミングで
>キミと出会った。
>奈緒さん、キミは本当にスゴイ。
>俺のメチャクチャな要求を、
>いつも笑って許してくれるから。
>『気にしませんよ~』って、
>『大丈夫ですよ~』って、
>そう言われるたび泣きそうになる。
>こんな俺でも生きてていいと、
>許されている気分になるから。
>キミの何気ない言葉で
>何度救われただろうか。
>だから俺もいつか奈緒さんを、
>世界一幸せにしてあげたい。
あんなに感じ悪くて、あんなに横柄なのに。こんな可愛いことを思っていたなんて反則だ。元婚約者は根っこから腐っていた男だけれども、豊さんは違う。心の底ではこんな風に私に感謝し、私を必要としていて、私をとても愛しているのだ。
「ウ、ウオオオオオオッ」
嬉しいのか恥ずかしいのか、もう分からないがとにかく心が叫んでいた。
「夜中に雄叫びを上げるのは感心しないな」
「ゆっ、豊さん!」
首にタオルを巻いたまま、相変わらず無表情な彼にそう指摘されて初めて、心だけでは無く実際に叫んでいたことに気づく。しまった…と思ったのは私だけでは無いだろう。手元にあるその紙に、豊さんと私の視線は釘付けである。
「つ、ついクセで」
「な、何がですか?」
視線を不自然に逸らしたままで彼は答える。
「捨てようと思っていたのに、ついクセで裏紙をメモにしてしまったようだ」
「それは素晴らしいことだと思いますよ」
なんとなく、ジワジワと私は予感していたのだ。今この時が、人生最高の瞬間になるかもと。生きていると汚いモノを嫌というほど見せられ、幻滅し、それでも期待することを止められずに自分を騙しながらどうにか日々を過ごしていく。
私を打ちのめすのも人間ならば、
私を掬い上げるのもまた人間なのだ。
とんでもなく美しい『何か』。
それを見せてくれるのは、多分この人だ。
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