かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その7

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 パニックに陥っている私に気づいたのか、イケメン美容師が課長の話題を振ってくれた。

「ああ、でも長田様、そろそろ松村様の婚約者がお戻りになりますよ」
「はあああッ?!何、お前、婚約したのか??」

 課長ってば、婚約したことを話していたのか。…と思ったことが、どうやら伝わったらしい。イケメン美容師は改めて自己紹介を始める。

「あの、今更なんですが実は俺、政親の友人で相良サガラと言います。なので婚約したことを一介の美容師に話したと言うよりも友人だから教えてくれた感じでして」
「えっ、相良さんって、課長…じゃなくて政親さんの友人なんですか?!」

「はいそうです。幼馴染で幼少の頃から知っているんで、アイツのこと何でも訊いてくださいね」
「う、うわああ。アレと子供の頃から?凄いです、尊敬しますっ」

 妙なことで盛り上がっていると、すかさず長田くんが話に割り込んでくる。

「そっかあ、やっぱりな。どうせ松村さんを結婚相手に選ぶなんて、貧乏臭い男に決まってるだろうからな」
「…は?どういう意味ですか?」

「セレブ御用達のこの美容院で、いかにも庶民の松村さんがいる謎が解けたよ。婚約者が相良さんの友人だったからかあ…。ププッ。ここの料金、結構高いぜ。払えるのかよ?何だったら金を貸してやろうか」

 ぐぬぬ…。どう育てたらこんな人間になるんだ。長田くんのご両親は絶対に教育を間違えたぞ!

 憤る私の耳元で、相良さんが囁く。

「ごめんね反論したいけどこの店の人間としてお客様に恥はかかせられないんだよ」
「い、いえっ、大丈夫ですよ」

「後で政親が来たら事情を説明しておくから。直接、長田様をギャフンと言わせてやって」
「はい、分かりましたっ」

 いや、別に私を侮辱するのは構わない。でも、会ったことも無い課長まで貶すのはあまりにも失礼だ。

 ていうかウチの課長、最強だし。見て驚くなよ。
 絶対にギャフンと言わせてやる!!

 他力本願な復讐に燃えていたら、とうとうその人が目の前に現れた。幸いなことに、頭に巻かれたサランラップもこんもり乗っていたヘアカラー剤も撤去され、カットの段階だったので醜態は晒さずに済んだ。

 反対に長田くんの方は髪どころか眉にもヘアカラー剤が塗られており、白い眉がまるで仙人みたいだ。

「こちらへどうぞ」

 アシスタントらしき女性に誘導されながら、彼はこちらへ向かって歩いてくる。鏡越しに見えたその姿は相変わらず好青年で、少しだけ胸がチクンと痛んだ。

 って、ええっ?!課長じゃないよ!!私、あの人を好青年だなんて、一度も思ったこと無いしッ。

 …そう、いま現れたのは元カレもどきの
 阿部慎也という男である。

 長田くんのグループはとにかく派手な人が多く、その中で優等生タイプの彼はかなり浮いていた。とにかく言葉遣いが丁寧で服装もキッチリしており、見るからに委員長という感じの人なのだ。

 前出のように私は長田くんから嫌われていて。『貧乏臭い』『ノリが悪い』『不細工』等々と、当時は大勢の前でよく罵倒されたものだ。そんな暴言から身を守るため、休憩時間にはよくL1号館裏で寛いでいた。

 どこだソレ?…という声が聞こえてきそうだがとにかくそういう名称の建物の裏で、ひたすらボーッとしまくっていたのである。

「うわっ、人がいるなんて思わなかったよ」
「ええっ?!だ、誰??」

「ごめんね、驚かせて。俺、阿部だよ」
「ああ、長田くんの友達の…」

 最初はぎこちなかったものの、その日から慎也はしょっちゅうそこへ来るようになり。次第に打ち解けた私達は2人きりで出掛けたり、慎也のマンションで過ごすことが増えた。

 確かに『好き』とも『付き合おう』とも言われたことは無くて。でも既に恋人同然の関係になっていたし、『俺はお前がいれば他に何もいらない』…そんなことを真顔で囁かれたら、誰だって本気にしてしまうではないか。

 でも、違った。

 ある日、私は長田くんと慎也の会話を偶然聞いてしまう。

「慎也お前、松村零と付き合ってんのか?2人で歩いてるのを見たって奴がかなりいるぞ」
「えっ?…あ…」

「『別人だ、見間違いだよ』って訂正しといた。だって有り得ないし…慎也がアイツとだなんて」
「う、うん。もちろんだよ。俺があんな女、好きになるワケないだろ」

 その言葉は恐ろしいほどの破壊力を持っていた。──本気で好きになったのに、向こうは何とも思っていなかっただなんて。

 星のように降らせてくれた甘い言葉も、
 太陽のように優しい笑顔も、
 みんなみんな嘘だったなんて。

 何も知らないと思って慎也はそれ以降も近寄って来たが、私は徹底的にそれを避け、連絡も全て拒否した。何度かウチのアパートにも来たそうだが、弟と、それから当時一緒に暮らしていた兄が追い払ってくれたらしい。

「零、…本当に久しぶりだね」

 とにかくその慎也が、今ココにいる。

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