かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その32

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 背中を向けた状態のまま、素早く涙を部屋着の袖で拭い。陽気な笑顔で振り返ると同時に、課長を追い出すためその体を肘で押す。

 …が、ビクともしなかった。

 それどころか逆に押し返され、右半分しか我が家に入っていなかったはずの体が全部入ってしまうことに。グイグイとグイグイの応酬が地味に繰り返され、結果的に課長は今、卓袱台の前で寛いでいる。呑気にお茶を飲みながら、弟と歓談中だ。

「…京、もういいから。試験勉強に戻りなさい」
「えーっ、でも。せっかく政親さんが来てくれたのに」
「え?京くん試験前なのか。じゃあもう帰るよ」

『どうぞどうぞ』と弾けるように立ち上がり、見送ろうとした私の手首を課長は力強く掴んだ。

「京くん、このままお姉さんも連れて行くね。実はちょっと今、仕事の方が忙しくて。これを逃すと結婚式まで会えそうに無いからさ」
「ええ、どうぞどうぞ」

 ちょっ、京!

「あ、でも、ごめん京くん。なんかお姉さんがマリッジ・ブルーみたいでさ。いちいち拗ねて話が進まないから、お泊り準備、勝手に俺がしてもいいだろうか?どこに何が有るかだけ教えてくれると嬉しいな」
「OKっす」

 おいこら京、勝手に下着が入った引出しを課長に教えるなってば。

 違う、そんな紐パン穿きませんッ!それは夜のバイトをした時にお客様がくれた物。ってもう下着の引き出しに用は無いでしょう?

「同じデザインで色違いのショーツが5枚って。うーん、後でセクシーなのを贈ってやるよ。サイズは…えっと…」
「きゃああ、ダメ!勝手に見ないでっ」

 慌てて手を伸ばすと、そのまま抱き締められた。

「あはは、零、つかまえた」
「うう、お、弟が見てますからぁ…」

「有難う、京くん。このまま仲直りしちゃうからさ、もう試験勉強に戻ってくれていいよ」
「ごめんね、京…」

 素直で優しい弟はそのまま自室へと去って行き。仕方なく私はお泊りの準備を始める。

「早く帰ろう。そんで零を思いっきり抱きたい」

 そんなこと耳元で囁かれたら、問答無用で全面降伏するに決まってる。恐る恐る視線を合わせると、悪戯っ子みたいな目で課長は優しく微笑む。

「う、うーっ…」
「よしよし、零は本当に可愛いなあ」

 ほら、どんなに抵抗しても無駄なのだ。この人の匂いやこの人の触れ方やこの人の声が、いとも簡単に私の心を攫ってしまうから。

「課長なんか嫌いです」
「はいはい、でも俺は零が好きだよ。お前が信じるまで何度でも言ってやるから」

 ああ、神様。
 この男は本当に嘘吐きです…。

 どちらにせよ、私に選択肢は無いのだ。契約は既に完了し、お金も貰っているクセにどうして謀反なんぞ起こせるものか。例えどんなに鬼畜な雇い主であろうと、腹黒い男であろうと、言い成りになるしかない。

 …ということにしておこう。

 課長宅に入って早々、キャベツを剥くみたいに服を剥ぎ取られ。抵抗どころか脱ぎ易いように『ハイ次はこれ!』と協力している自分に対して言い訳してみた。

「ふ、ふああっ」

 眠いのでは無い。的確にツボを押されて喘いでるのである。

「ん、んんん。零、やっぱお前の匂い、最高…」
「か、課長の方こそ…」

 ウッカリ『好きな匂いです』と言いそうになり、根性で我慢する。そんなスキスキアピール、これからは禁止だ。課長の壮大な計画に私との恋愛は含まれない。

 冷静に対応しないと命取りになるぞ。

 それにしても、さすが全てに於いて徹底する男だな。1年後に公子さんと復縁予定だとしても、こうして婚約中は私に操を立てるのか。いや、もしや公子さんと既に一戦交えた上で私ともヤルおつもりか。でも、仕事で疲れているはずだからソレは無いな。というか、むしろ無いと信じたい。

「零、集中しろ」
「は?」

 本日、二度目の頬っぺたコネコネ。

「2週間ぶりだぞ?俺はこんなに飢えているのにお前は違うのか?」
「ふ、ふあああっ」

 しつこいが、眠いのでは無い。殺し文句を言われ思わず感嘆の声が漏れたのだ。

「どうした?」
「ていうか、まだココ玄関ですし。お尻が床に直接くっついて冷たいですし」

 キュン隠しでそう答えると、突然抱き上げられてそのまま寝室へ。

「ふ、ふあああっ」

 何故にお姫様だっこでは無く、立て抱き?しかも素っ裸状態なのに正面から抱き上げられ、課長の両手は私の両尻を掴んでいた。

 なんたる間抜けな格好。

 落ちないよう両腕は課長の背中に回し、両脚は課長の腰辺りに絡めるしかなく。木登り中のお転婆女子みたく、しがみつく私。

「まったく、昼にはスキスキ光線をビンビン出しておきながら、夜になったら急変して逃げまくりかよ」
「あ、貴方様の目にはそのように映りましたか」

 悟られまい。私が課長と公子さんの壮大な計画に気づいたことを。

「本当にお前は…俺を振り回してばかりだな」
「そ、そんなこと…」

 まるで宝物みたいにそっとベッドに置かれ、そのままキスの雨が降って来る。

「もういい、俺は俺で好きにやる。だけど絶対に離さないから覚悟してろよ」

 ふああああっ(「あ」多め)。

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