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<茉莉子>
その87
しおりを挟む「あ、あのですね。面白いことを言わなくてもいいし、気が利かなくても全然大丈夫だと私は思います。
漫才師やコメディアンじゃあるまいし、人を笑わせることが出来る人間なんて、世界には一握りしかいないはずで。
でも、何故か男性はそれを求められることが多く、結局はどこかのテレビやネットなんかで拾った誰かの受け売りを提供することになる。そんな話題が記憶に残るワケ無いし、結局は時間潰しになってしまうだけですよ。
本当にバカバカしい。
気が利かないっていうのも、誰基準なんだって話だし。
アレですかね?
自分がして欲しいことをなぜ察してくれない…とか思ってるんでしょうかね?
超能力者じゃあるまいし、そんなの普通は気づきませんよ。あのね、人付き合いで大切なのは、面白い話が言えることでも、気が利くことでも無いはずなんです。
肝心なのは、相手に不快な思いをさせないこと。
ただ、それだけだと私は考えます。私は今まで榮太郎と一緒にいて、不快だったことは一度もありません。だから、もっと自信を持って人と接しても大丈夫ですよ」
ふっ。
トシを取ると説教臭くなっちまって困るな。
照れながらそっと視線を上げると、
え?えええええっ?!
…榮太郎が泣いていた。
「ま…りこォ。
俺、本当は帯刀グループを背負う器じゃなくて。
お祖父様みたいにカリスマ性も無いし、父さんみたいに商才が有るワケでもない。重役たちは狐と狸の化かし合いで、誰も本音で喋らないんだ。
ずっとずっと職場でも私生活でも、本音で話せる相手がいなかったんだよ。ヘラヘラ笑って適当に誤魔化してきたけど、もう限界だという時にキミと出会った。
キミは神様がくれた最高のプレゼントだ」
ど、どうしよう。
いちいち可愛い…。
ちょっと反論すると座敷牢に入れ、私の存在をひたすら否定する脳みそ筋肉の父とは大違いだ。こんな風に自分の弱い部分を曝け出し、泣いていることを隠しもしないなんてどれほどこの人は純粋なのだろうか?
私の中の男性ホルモンがワサワサと動き出し、この乙女を守りたいと叫んでいる。思わず抱き寄せ、その髪に指を突っ込んでガシガシと撫でてしまう。
「ま、茉莉子?ちょっとだけ痛いよ」
「ごめん、なんかもう自分でも制御不能!榮太郎がいじらしくて堪らないッ。なんでこんなにカワイイの?!」
「いや、そんなことない、俺なんかより茉莉子の方がずっと可愛いし!!」
「マジ天使!榮太郎、超ラブリー!!」
「ああ、もう抱いてッ」
(※紛らわしくて申し訳ないが、これは榮太郎の口から出た言葉である)
「おう!抱いてやる!!」
(※そんでもってこちらは茉莉子の言葉だ)
この時の私は、すべてを棚上げにしていた。
一年間の期間限定だということも、榮太郎に本命の女性がいるということも、…これ以上好きになっては危険だということも。
何もかも忘れて、幸せ気分を満喫していたのだ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
先程の乱れた姿態がなかなか脳裏から消えず、お互いに照れながら手を振ったその数時間後。リビングで読書していると、急に誰かが現れた。
「どうも初めまして」
「え?」
長身を折り曲げ、私の顔を覗き込んで来るその男性は圧倒的な美しさで。憂いを秘めた切れ長の目とプライドの高そうな顎のライン。そのクセ、唇は恐ろしいほど色っぽくて気を抜くと吸い寄せられてしまいそうだ。
だ、誰??
ていうか、何となく分かるけどッ。
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