上 下
1 / 52

1.恋が終わった

しおりを挟む
 
 
 「ごめん、希代。本当にごめん」
 
 
 
 オフィスラブなんて、本当に最悪だ。

 私と彼・茶谷誠一郎ちゃだにせいいちろうは同じシステム開発部に所属し、交際2年目を迎える恋人同士だ…いや、『だった』。社内恋愛は禁止では無かったから私たちは互いの関係をオープンにし、いつでもセットとして扱われていたのだが、その関係が変わってしまったのは半年ほど前のことである。
 
 新人の松前早緒莉まつまえさおりがウチの部署に配属され、その教育係を任されたのが誠一郎で。まるでファッション雑誌から抜け出たかのようなその煌びやかな服装と『そんな時間、よく有るね?』と訊ねたくなるほど丁寧な化粧が特徴だった彼女は、女慣れしていない男性社員たちの心を瞬く間に攫ってしまい。
 
 誠一郎も例外では無かった。
 
 私という彼女がいるにも関わらず、毎日長時間行動を共にしていくうちに彼女の虜となってしまったらしく。それに気づかないフリをしたのは、なけなしのプライドのせいか、それとも日々の業務に忙殺されていたせいだったのだろうか。目の前で隠しもせずに吐かれる溜め息、キスも無しで義務的に行われるセックス。会う時間も減らされ、松前さんの話題だけが増えていき。
 
 そして、別れの時は来た。
 
 半年間の教育期間を終え、ダメ元で告白したところOKを貰えたのだと。それを喜びイッパイの笑顔で報告された私はどう反応すれば良かったのだろうか。『きちんと私と別れてから告白するのが筋だよ』『松前さんは上昇志向が強そうだから、どうせ暫くすれば他の男に鞍替えするよ』…そんな意地の悪い言葉をどうにか喉で押し戻し、私は淡々と謝罪を受け入れた。
 
 たぶん、私にも非は有ったのだ。彼の前で仕事の愚痴を言ったり、多忙を理由に化粧も手抜きだったし、デートらしいデートも最近ではしなくなっていたから。
 
>えっ、茶谷さんと希代さんって別れたんだ?
>そっか、新人のあの綺麗な子に心変わりかあ。
>うーん、しょうがないかもな。
 
>バカ、希代ちゃんに聞こえるぞ!
>でもさあ、男としては
>茶谷の気持ちが分からんでもないなあ。
 
 これ見よがしに松前さんが誠一郎にベタベタしたせいで、私たちの破局は瞬く間に広がり。残念ながらその大半が誠一郎に同情的だった。なぜならシステム開発には男性社員の割合の方が多いからである。見た目が華やかで美しい女を嫌う男はいない。女でありながら自分たちと同等の仕事をこなし、幾つもの修羅場を共に超えた私よりも、入ったばかりで戦力外の松前さんの方が認められたというワケだ。
 
 そんな陰口に耐える事、数日。
 
 私の耳に朗報が届いた。我が社の精鋭が揃っていると評判の、富樫副社長率いるデジタルコンテンツ部に欠員が出て、女性社員を1名だけ補充したいというのだ。自慢では無いが、システム開発に所属しているだけあって私はそこそこ有能なのである。早速、部長に異動願いを出し、デジタルコンテンツ部への配属を希望したところ、拍子抜けするほど簡単に認められてしまった。
 
「システム開発部から参りました、つつみです。宜しくお願い致します」
 
 ちなみにシステム開発部では男7に対して女3とそれなりに女性社員はいたが、この新天地はあろうことか女が私1人きり。男性不信になりかけている私に、この状況は実に皮肉としか言い様が無い。
 
「えーっと、じゃあ、取り敢えず何でも隣席の須賀に訊いて。龍!お前、堤さんの面倒みろよ」
 
 そんなこんなで、私は龍と出会うのである。
 
 
しおりを挟む

処理中です...