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5.敵に勝つ
しおりを挟む「こんなこと頼めた義理じゃないんだけど…」
そんな切り口で始まった話はとても長く、まあ、要するに仕事関連のお願いだ。我が社は設立からそれほど年月が経っておらず、しかも社長と副社長を筆頭に重役たちも皆んな若い。だからかもしれないが独特な運営法で、各部署を『個人商店』として想定し、各部長が店長のような役割を担う。つまり如何にして利益を出すか、部長の手腕が問われるのである。
人件費は勿論、諸経費も部長が細かく管理するため末端の社員だろうと部長の査定によって給料は大きく異なる。そんなワケで成果報告の際、大勢で仕上げた仕事であっても個人の手柄にしてしまうことが往々にして有る。ウチの班…もとい、私が以前所属していた班は特にその傾向が顕著で、誰かの仕事を手伝っても何の得にはならないと思っている上司に倣い、どんなに困っている姿を見ても、進んで手伝う者はいなかった。
…私以外は。
我が社は職務手当に残業代が含まれているため、どんなに残業しても給料が増えない。だから誰もが早く帰ろうとする。だけど先輩方は当然のように私に手伝えと要求してきたし、私もそれを快諾していた。出世なんぞに興味が無かった私は、『アイツは要領が悪いからいつも残っているんだ』という評価を甘んじて受け入れていたのである。
その私がいなくなって、最初は達観していた諸先輩方や上司も次第に現実を知ったようだ。
「とにかく俺が凄く恨まれてて、その…希代は俺と別れたから異動願いを出したワケだろ?仕事もそうなんだけど人間関係も凄くギスギスし出して、このままじゃウチの班は壊滅状態だ。毎日毎日、辛いんだよ…」
「へー、そうなんだー」
返事が軽いって?
じゃあ、他にどう答えればいいのさッ。
「希代、戻って来て欲しい。仕事は仕事だろ?お前が私情を挟んだせいでこっちは迷惑を被っているんだ。俺らが富樫副社長にお前を返して欲しいと言ったら、部長の評価を下げてしまうことになるし、だからお前の方からもう一度、異動願いを出してくれないか?デジタルコンテンツ部には馴染めなかったとか適当に言い訳すればいいじゃないか。なあ、俺の顔を立てると思ってさ、お願いだよ」
「ねえ、バカなの?」
怒りを通り越して最早、乾いた笑いしか出ない。
「なっ、何だよその言い方ッ」
「私、また奴隷になる気は無いし。頑張って松前さんを新たなる奴隷に育てなよ」
実は知っているのだ。彼女が驚くほど使えない人間だと。今日、一緒にランチを食べるはずだった山口さんがボヤいていた。仕事は遅いしヤル気も無くて、なのにそれを注意すると逆ギレされてしまうのだと。しかも相手を選んでいるようで、部課長には愛想良く対応するのがまた憎い。最近では『あんな女と付き合い続けるなんて、茶谷もどうかしてる』と、彼氏である誠一郎も悪く言われているそうだが、どうやら本人はそれを知らないらしい。
「お待たせしましたァ」
ここで日替わり定食が運ばれてきたので、私はニコニコ笑顔のまま箸を手にする。プライドの高い誠一郎は、運ばれてきたカレーを食べることも無く、千円札をテーブルの上に叩きつけるようにして置き、そのまま無言で去って行く。
「…希代、勝ったな」
「えへっ、何に?」
私は龍にそう答えて、グフフと笑った。
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