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店長のカミングアウト
しおりを挟むそれは夜の部が始まる少し前。私は2階倉庫の片隅に有るデスクで、帳簿を付けていた。店長がシェフも兼任していて多忙なため、こうして仕入伝票を記入するのは私の役目だ。
ウチの店はワインとそれ以外とで購入先の酒屋を分けており、『それ以外』の方がかなり雑で。よく納品数や金額を間違えてくるので、チェックがてら毎日出納帳に書き込むのである。
電気代節約のため、手元を照らすライトのみで作業をこなしていると背後に人の気配を感じた。
「なあ、アヤ」
「うわっ、ほえっ、び、びっくりした!」
野菜を入れる用の籠を持って店長が立っている。いつもなら真っ先に室内の照明を点けるはずが、何故かそうせずにいきなり近寄って来たようだ。
「…お前、本気で浦と付き合うつもりか?」
「えー、ああ、うん」
そんなことを訊いてどうする?今更、職場恋愛禁止とでも言い出す気だろうか。
眉を顰める私に、彼は訥々と話し続ける。
「なんか俺、…本気で驚いちゃって」
「な、何を?」
てっきり、私と浦くんが付き合うことに驚いたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「だってほら、俺は店長だし。これまで出来るだけ退職者を増やさないように、女性スタッフが告白してきたら当たり障りなく説得と言うかある程度は相手したりしてたんだ」
「…は?」
コイツはいったい何をカミングアウトする気だ。
「告白されて、その場でスグに断ったら、絶対に仕事を辞めると言い出すと思ってたから」
ああ、なるほど。私もそれと同じようにして、浦くんを辞めさせないために交際するのかと。そんな意図で質問してきたのか…。
それはすなわち、店長が私と付き合ったのも、純粋な恋愛では無く、仕事絡みの利害関係を考えてOKしたということになる。
この人は、なんて残酷な男なのだろう。
確かに辛いことも多かった。それでも、私が心の拠り所にしているあの2年間を『当たり障りなく』対応した結果だと言うのか。
「なのにさ、実夕ちゃん、全然平気だったな」
もう私の相槌すら求めずに、尚も店長は私に向かって言葉を吐き続ける。
「どう言えばいいかな?とにかく驚いちゃって。本当に自分のして来たことは何だったんだろな。
ウダウダと相手をせずに、告白された時点でスッパリ断ってれば相手もすんなり諦めたのに。逆に望みを抱かせるような態度を取ったせいで、期待させた挙句、何人も辞めさせていたのか。
もっと早く分かっていれば、アヤの時も…。
なんか正直言って、ものすごく後悔してる。ごめん、アヤ、俺がバカだったよ」
結局のところ、この人は何を言いたいのか?…若くして店長になってしまい、しかも自分の意思とは関係無くモテまくってしまったけれど、人材確保のため己の身を犠牲にしてきたよと?
おっしゃる通り、昨今のサービス業に於ける人材不足はとてつもなく厳しい。
普通の若くて可愛いお嬢さんたちは、彼氏もしくは彼氏が出来た後のことを考えて、相手と予定を合わせやすい土日休を選ぶのだ。安い賃金で一日ずっと立ちっぱなしだったり、横柄な客に笑顔で接するなんて苦行でしか無い。
それでもウチの店で働いてくれると言う女子を、どうにか繋ぎ止めておきたいと思うのは当然だ。
だから店長は遠回しに『付き合えない』ことをアピールしながらも、仕事を続けて貰えるよう彼女たちの言い成りになっていたのだろう。
しかし、それがどうしたってんだ。
そんなの私に全く関係無いしッ。
この人の誤算は、勤務先の店長に告白してくる女子なんて、こう言っちゃナンだがその時点で『いつでも辞められる』と思っていたワケで。
恋の行方に関係無く、どうせ辞めたのである。
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