昔の恋を、ちょっとだけ思い出してみたりする

ももくり

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いざ、話し合い

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>大雅のところ

 口の中でその言葉が甘く響く。

 彼のことを名前で呼ぶのは何年ぶりだろうか。変だな、突然名前で呼びたくなるだなんて。アルコールのせいで、脳が上手く機能していないのかもしれない。

「あ…うん。いいよ、待ってる」
「浦くんにはこのことを内緒にしておいてね」

「えっ、なんで?」
「だって彼氏以外の男性と2人きりで会うとか、普通はイヤでしょう?」

 ふと、店長に対する嫌味と取られたかもと思い焦ったが、電話の向こうのその人は呑気そうだ。

「久々だな、アヤとこうして電話するの。…なあ、もっと声を聞かせてくれよ」
「ば、ばか。いつも顔を合わせているでしょッ」

「仕事とプライベートとでは違うからさ。気付いてるか?アヤは仕事以外の電話だと、鼻にかかった甘い声になるんだ。俺、その声、大好き」
「はいはい、そういうのもうイイから!もう他に用事は無いし、切るね!!」

 悔しいほど心臓はドキドキと波打っていた。

 でも、そんなモノはどうにか治まるのだ。
 いや、治めてみせよう!

 だって私は知っている。

 アイツは息をするかのように容易く、女に向かってオベンチャラが言える男だと。

 常連の女性客が前髪を1cm切っただけでも真っ先にそれに気付き、『可愛いよ~』とか平気で言えてしまう男なのだ。茉莉子ちゃんやコトリさんの言葉に一瞬、惑わされそうになったけど。よくよく考えたら私の方が付き合いが長いし。

 たぶん、世の中のどの女よりも店長のことを熟知している私が『もう無理』と思ったら、それは本当に無理に違いない。うん、きっとそうだ。





 ………………
 そして翌晩。

 先に浦くんを帰し、厨房には私と店長の2人きりとなった。

 何せ店長の自宅はこのビルの3階なのだ。待ち合わせ時間まで残業すると嘘を吐いたが、どうやら色々と挙動不審だったらしく。なかなか帰ろうとしない浦くんを、半ば強引に帰らせたのである。

「えと、厨房だと浦くんも合鍵で入れるので、店長のご自宅の方にお邪魔しても良いですか?」
「あー、うん。俺、最初からそのつもりだけど」

 パチンパチンと厨房の照明を消し、傾斜が急な階段を上る。付き合っていた頃は毎晩のように通っていたその部屋は、驚くほど殺風景だ。家具らしい家具は無くて、大きめのベッドとソファが有るだけ。打ちっぱなしのコンクリートの壁がより一層、寒々しさを醸し出している。

 ふふっ。初めてこの部屋を見た時は、『この人、闇を抱えているな』と邪推したっけ。だって、誰よりも気遣いが出来て、私服のセンスも素敵だったから勝手に部屋も素敵だろうと思い込んでいたのだ。それがこの牢獄みたいな部屋に住んでるなんて、予想外を通り越してもう衝撃だった。

 …ということを延々と話してしまう。

「えっと、アヤ?今日来たのって、その話をする為なのかな??」
「うーっ、違う。待って、なんか緊張してるの」

 ゴクリと自分でも驚くほど大きく喉を鳴らし、ゆっくりと私は本題に入る。

「あの…コトリさんが店長と付き合いたいって。それで、もしかして店長が私に未練あるなら、キレイサッパリ無くしてやってくれと言うのね。

 でね、私にも未練が有るんじゃないかって。

 既に浦くんと付き合い出してはいるけど、店長に未練が有るなら障害になるよって。だから話し合って、きちんと前に進もうかなと。

 そ、それじゃあ先に言わせていただくね。
 私は、その…店長のことがまだ好きみたい」

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