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コトリさんは熱く語る
しおりを挟むふむふむと小刻みに頷いていると、茉莉子さんが突然口を開く。
「アヤさんは誰からも憎まれたく無いのね。でも、愛情と憎悪は表裏一体なの。
ほら、熟年離婚ってよく聞くじゃない?長い間、苦楽を共にした夫婦ですら最後っ屁で別れたりするんだよ。ということはね、どんなに好きな相手と両想いになれても、…油断は禁物ってこと。
私の言ってる意味、分かるかな?」
薄っすらボンヤリとは分かるが、それが茉莉子さんの意図とはズレている気もするので念のため首を左右に振ってみる。
「両想いはゴールじゃなくて、スタートだってこと。片想いが両想いになって第一章が終わる。そこから始まる第二章の方が長いのよ~。相手を自分1人に繋ぎ止めておくことが、どれほど大変か。
外見だけ磨けばイイってもんじゃないでしょ?相手との関係をより濃密にする為、努力するの。離婚する夫婦ですら多いこのご時世に、結婚前の単なる恋人同士の状態なんて容易く別れられるんだからね?
だから相手のことだけに集中して、必死にならないとこの先、続きません。そんな余裕かまして、見習いくんのことなんか気遣っていたら、そのうち新見さんに逃げられちゃうんだから!」
…え?
…ああ。
「やっぱりバレてたんだ?その…私が店長を…」
ここで口を挟みたくてウズウズしていたらしいコトリさんが、ピーチクパーチクと語り出す。
「好きかって?分かるに決まってるでしょう!ていうかさ、既に皆んな知ってるそうじゃない。あの見習いくんですらもッ。じゃあなんで付き合わないのかってことよ」
「う…」
「『う』じゃ分からないッ!」
「怖いよ、コトリさん。浦くんに…その、悪いなと思ってて。だって一旦は交際OKと返事しておきながら、元カレとヨリを戻すとか最低じゃない?!しかも同じ職場だし、フッた後が地獄と言うか」
「…の?!」
「え?何?よく聞こえなかったわ、コトリさん」
「ケンカ売ってんの?!私はねえ、榮太郎様に本気で惚れて、彼と朝から晩まで一緒に過ごす秘書という立場に有りながら愛の告白をしちゃって、挙句の果てにこっぴどくフラれてる女なのよッ」
「そ、そうなんですか??」
「そうなの!んもう、瞬殺だったんだからッ。針の先ほどの希望も抱かせないような残虐さで、完膚なき迄に叩き潰してくれたわ、私の恋心を。ふっ、それも今ではもう良い思い出だけどね…」
「良い思い出…ですか…」
そんなに早く思い出へと昇華出来るの?
それってコトリさんが特殊なだけじゃ?
…と思ったら、そのままソレが顔に出たらしい。コトリさんは鼻の穴を横に広げてこう言った。
「アヤさんに教えておくわね。失恋なんてモンは、ワイワイと周囲が騒いでも、どうにもならないのよ。
どんなにスゴイ人…例えば徳の高いお坊さんや、スピリチュアル的な先生とか、家族に大親友…。とにかく誰にも癒すことは出来ないの。結局のところ自分自身でしか治せないんだから。
それにね、例えばココに一匹の魚がいて、まな板の上で調理されるのを待っています。なのに調理人はなかなか自分にトドメを刺さず、なぜか生きたまま鱗を剥がし、塩を擦り込むの」
唐突なまでの例え話に私が首を傾げると、コトリ師匠はキッとこちらを睨む。
「私の有り難い話を最後まで聞きなさいよッ。
この魚が見習いくんね。
で、調理人がアヤさん。
どうせ最後には命を絶たれるのに、ウダウダと時間を掛けて調理されちゃうの。
かわいそ~!!
本当にかわいそ~!!
治癒能力は個人差が有るんだからねっ。だからジワジワ振らずに、とっとと振ってあげなさいって。
失恋ってのは悪いことばかりでも無いと思う。試験問題と同じでね、自分のウィークポイントが探せるから。そしてそこを強化するなり改善して、
…より素敵な人間になれるんだよ。
生きていれば失恋の1つや2つは当たり前。むしろソレを味わえなかった人の方が気の毒だなと私は思う。
ステップアップ…そう、ステップアップなの!誰かを好きになって外見を磨き、その相手に振られて内面を強化する。恋ってのは人としての魅力をボーナスポイント並みに増加させてくれる、素晴らしいイベント。
それを証拠に、御覧なさい!フラれてばかりの私は輝いているでしょう?!」
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