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煙が目に染みる

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 そして、ようやくソレを閉じたかと思えば、確実にその声が私の耳に届くよう顔を近づけて言う。
 
「そんなの全部、俺とやってるじゃん」
 
 カウンター席だったので斜め方向に体を逃がすと、反対隣りの茹でダコみたいなオジさんにぶつかりそうになってしまい。ゴメンナサイと頭を下げながら、必死に反論を試みる。
 
「えーっ、内藤さんと大介さんじゃ違うし」
「違わないって、一緒一緒」
 
「私、大介さんと2人きりになったら緊張して上手く話せないと思うんですよねえ」
「なんだコラ!俺の前でも緊張しろってのッ」
  
 酔っているせいか内藤さんは私の腰に手を回し、脇腹をフニフニと揉んでくる。
 
 いや、これってボディタッチとかいうヤツ??
 なんかちょっとエロいんですけど。
 
「ちょ、ヤメ、内藤さん、くすぐったい」
「お前なあ、よく見ると可愛いぞ?あーくそ、そういや最近してないなあ」
 
 してない…。
 それはつまり、アレのことでしょうか?
 
 そ、そうかもね。
 
 だって暇さえあれば私と会ってるし、会わない時も電話で縛り付けているから。
 
「私のせいですよね、ごめんなさい」
「そうだよ!俺の貴重なプライベートの時間を奪っておきながら、本命から『付き合おう』と言われて断るって何?!土壇場で怖気づくなよッ。死ぬ気で頑張れッ。よおし、分かった。今からその相手の男に電話しろ。そんで『やっぱり付き合います』と伝えるんだ!」
 
 そう言っていつの間にか私のスマホを奪った内藤さんは、アドレス帳の中から大介さんの名を勝手に探し始める。
 
「やめてください!あの、でも、完全にフラグが折れたワケじゃありません。そのあと大介さんの方から考え直すように言われて、しばらく猶予期間を貰ったんです!」
 
 スマホを取り戻したいのに、酔っている内藤さんは異常なまでに握力が強く。その手に納まっているスマホを引っ張ってみるが、ビクともしない。
 
「返してくださいよ~。私、好きだけど付き合いたいワケじゃないんですってば~」
「は?意味ワカンナイんだけどッ。両想いなんだから付き合えばイイじゃん!」
 
 とうとう画面に『真鍋大介』の文字が表示され、もう少しで内藤さんの指がキーを押してしまいそうだ。
 
「ダメダメ、本当にダメなの~ッ!だって内藤さんが言ったんですよ『処女は面倒臭い』って!いま私が大介さんと付き合ったら、絶対に後悔して私のことを嫌いになっちゃうもの!ほら、私っ、バリッバリの処女だからっ!!」
 
 処女だから…処女だか…しょ…(脳内エコー)
 
 シーン…。
 
 賑やかだった店内が恐ろしいほど静まり返り、
 私に視線を集中させている気がする。
 
 それはもしかして自意識過剰なのかもしれないと、自分で自分を慰めてみたものの。隣席の茹でダコサラリーマンが『俺で良かったら卒業させてあげちゃうよ、ぐへへっ』と言ったことで、確信に変わった。
 
 ああ、煙が目に染みるなあ。
 
 
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