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アッちゃんのお兄さん
しおりを挟む自分には非が無いしコソコソ逃げる必要は無い…と鼻息も荒く居座ろうとしたのだが、それを皆んなに諫められた。
「奈月、冗談抜きでヤバイって。さっきのあの男共の会話が聞こえてたでしょ?アンタ、尻軽だと思われてる。勘違いしたバカ達にいつ襲われるか分からないんだよ?」
そうアッちゃんに説得され、仕方なく帰り支度を始める。こんな時間に帰れば、自宅にいるはずの母が心配するだろうという話になって、結局またアッちゃんのマンションへ行くことに。
「あ、お邪魔します」
「奈月ちゃん、いらっしゃい」
昨晩は不在だったアッちゃんのお兄さん…志季さんもそこにいたが、興奮冷めやらぬアッちゃんはソファに座ってスグに本題へと突入する。
「本当にココまでくると許せない!奈月の人生をメチャクチャにするつもりなのかな?!っていうか騙される久志も久志だよッ。今まで奈月の何を見てきたんだろう?あんな中身カラッポの男と別れて正解だよ、奈月っ!」
「…うん、アッちゃん怒ってくれて有難う」
クッションを抱え、脚をジタバタさせて悔しがる親友は私以上にこの事態に憤ってくれている。その事実が私の心をほんの少し軽くしてくれた。
「…奈月ちゃんに何か有ったのか?」
アッちゃんが一瞬だけ私を見た。それは『お兄ちゃんに話しても大丈夫?』という意思確認だと理解し、静かに頷いてみせる。
「実はね、奈月の彼氏が…」
当事者ではなく、傍観者としての立場でアッちゃんが事の成り行きを話しているのを聞いていたら、あまりのバカバカしさに驚いてしまう。全てがデタラメで、そのデタラメに私は大事な人生を台無しにされようとしているのだ。
デタラメだと証明するにはどうすればいいのか?既に広がってしまった噂をどうすれば消せるのか?──そんなことばかりを考えていると、志季さんがボソリと呟く。
「恐ろしいほど頭の悪い女だな」
「えっ?私…ですか?」
確かに1つ年上の志季さんは、恐ろしく頭がキレると評判だ。
「違う、その紗英ってオンナの方」
「ああ…」
思わずホッと胸を撫で下ろす。正直に言おう、私はこの親友の兄が苦手なのだ。癒し系のアッちゃんとは真逆で、志季さんはキレッキレの合理主義でどちらかと言うと印象は冷たい。
実はこの2人の両親は10年前に離婚しており、お嬢様で浮世離れしてるせいで次から次へと変な男に騙され、貢いでしまう母を放っておけないと志季さんは母方につき、アッちゃんは父方についたのである。
聞く処に寄れば母親の騙されっぷりは凄まじく、実家から縁を切られてしまうほどだったそうで。様々な困難に対応していくうち、志季さんは嫌でも大人にならざるを得なかったのだろう。
そんな悩みのタネだった母親も、3年前にごく普通の男性と再婚し、これでお役御免とばかりに志季さんも独立。父所有のマンションに移り住んだところに、『じゃあ私も』とアッちゃんが加わったという話だ。そんな苦労人の志季さんが私に言った。
「それ、普通に名誉棄損で訴えればいいから。いいよ、俺が味方してあげる。取り敢えず証拠集めるからさ、今から一緒にボイスレコーダーを買って来ようか?奈月ちゃん、時間有る?」
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