朝日家の三姉妹<3>~奈月の場合~

ももくり

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人生初の事態

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「あれ?何処にいったんだろう?!部品が1つ足りなくなったぞ」
「ジャジャ~ン、ごめんなさい、実は私が隠していましたァ」
 
 だって、ちょっとだけ構って貰いたくて。握り締めていた手の平をそっと広げると、志季さんは反応に困ったようで思わずまた謝ってしまう。
 
「あの、本当にごめんなさい、その…ちょっとだけ寂しくなっちゃったんです」
 
 私がそう言うと、初めて志季さんが本気の笑顔を見せてくれた。なんだかそれだけでもう私は、『まあいいか』と満足してしまったのだ。
 
 
 
 
 その後も会話はほぼ無いままで、私はひたすら志季さんの手元だけを見つめていた。本当は顔を眺めていたかったけど、そんなことをすればきっとこの人を困らせてしまうに違いない。
 
「ふふっ、長くて綺麗な指ですね」
「えっ、俺?!嘘、そんなこと初めて言われた」
 
 ベタな褒め方だと思ったけど他に話題が無くて。
 
 悲しいほど私は志季さんのことを何も知らない。一般的な芸能ゴシップや遊ぶための情報なんて絶対に興味を示さないだろうし、私自身も好きじゃない。でも何か話したかった。最早これはアイドルに憧れるファン心理に近い。
 
 だが、ファンの人々と私とでは大きな差が有る。それは好意を抱いている対象がすぐ傍にいて、勇気を出せばいつでも触れられるということ。そして私には、それを実行する度胸が備わっているということだ。
 
「あ!2人の手の大きさを比べてみませんか」
「大きさ?いや…えっと、うん」
 
 コンパでもあるまいし何故?と思っているのだろうが、こんなものはとにかく勢いが肝心で。ボディタッチにより親密度が増すと誰かが言っていたことを実行しようと思っただけなのだ。
 
 私の思惑も知らずに志季さんが手を差し出してきたから、ぎこちない空気のまま手を繋ぐ。

「ふ、やっぱり大きい。指も結構太いんですね。なんか男の人の手って感じだあ」
「うっ、なんか、くすぐったい」
 
 手が冷たい人は心が温かいそうだが、志季さんの手はほんのり温かかった。
 
「爪、すごく短く切ってるんですね」
「ああ、飲食店でバイトしてるから」
 
 『へえ』と返事しながらしつこくその手を眺め続けていると、志季さんが『すごく恥ずかしい』と呟いたので、思わず顔を上げた。いきなりぶつかる視線に何故か慌ててしまい、勢いよく目を伏せる。
 
 私ともあろう者が、こんなことに動揺するとか有り得ない。だけど、心臓は勝手にドキドキしているし、きっと頬も赤いだろう。
 
 人生初の事態。
 
 明るくて誰とでも打ち解けられて、瞬時に仲良くなれると評判の朝日奈月が、志季さんに対してだけはそうはいかないようだ。…というかそれ以前に、この人の前ではいつもの私じゃなくなるらしい。
 
「えっと、あは、なんか急に照れるね。あ、熱いなあ。奈月ちゃんは熱くない?」
「全然熱くないです、ちょうどイイ感じでッ。私の手、冷たいのでなんなら使ってください!」
 
 そう言って、一旦離した手を再度重ねる。
 
 ああ、もうメチャクチャだ。
 どうすれば、この距離を縮められるのだろう?

「ほんと、ヒンヤリしてるね」
「ええ、お役に立てて嬉しいです」
 
 意味不明なやり取りを続けていたらスグに時間が経過し、アッちゃんが帰って来てしまうのだ。
 
 
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