1 / 45
その1
しおりを挟む幼少期の思い出には、
常に怒声と罵声がセットでついてくる。
それは最早、BGMのようなもので、その声の発信源は主に母だ。父はいわゆるクズ男だったらしく、平気で嘘を吐いたそうだ。そこそこ大手企業に勤めていたにも関わらず、ある日突然姿を消し、後に残されたのは多額の借金と署名・捺印済みの離婚届だけ。
そんなクズ男を育てた親もどこか頭のネジが緩んでいたようで、『全ての非は嫁に有る』と昼夜を問わず母を責め続け、狂っているとしか言い様のないほどの攻撃を見せておきながら何時の間にか居を移し、連絡が取れなくなってしまった。残念ながら母の両親は既に他界しており、頼れるような親戚もおらず、たった1人の姉とは折り合いが悪くて連絡先すら知らないという有り様。この時点で母には“相談相手”と呼べる人間が誰もいなかったのである。
小学校に入学したばかりの私とまだ3歳の美空の為に母は看護師として復職し、当面の生活費を稼ごうと仕事に明け暮れた。借金返済に関して弁護士に相談してみたものの、小狡い父の巧妙な罠に嵌められてしまっていたようで、残念ながら全額を支払うことが決定。生来の真面目な気質も災いし、寝る間も惜しんで働いた母は、その数年後に無理が祟って倒れてしまう。
ここで救世主の登場だ。
なんと母は、勤務先の病院にいたバツイチの医師から求婚されるのである。その人を初めて紹介された時の衝撃は未だに忘れない。実父もクズ男なりにそこそこ整った顔をしていたが、このバツイチ医師はそんなモノとは次元が違った。
神々しいほどの光り輝くイケメン。
それも老若男女、全年齢、とにかくオールジャンルに対応するイケメンなのだ。
「初めまして、七海ちゃんと美空ちゃん。これから一緒に暮らす九瀬です」
「……」
無言のまま俯く幼い姉妹に向かって、優しく微笑むイケメン医師。その傍らには年配の女性が立っていて、てっきり身内なのかと思えばベビーシッターなのだと。…そう、イケメン医師は3人の息子を引き取り育てているとかで、私より2つ年下で当時6歳だった祥と、まだ1歳の双子・瞬と愁の3人が一気に家族として加わることになったのである。
この時の私はこう思った。
>新しいお父さん、イケメンで最高!
>お母さんもこれでラクになれるし、
>きっと幸せ一杯の毎日になるぞ~。
…甘かった。
本当に、甘かった。
7人家族となった私達は、傍目からは幸せそうに見えただろう。しかし、程なくして怒声と罵声が響き渡ることとなる。
「バカなの?!バカなんだよね??」
「くそッ、本当に口の減らない女だなッ!!」
義父は、実父とは違う種類のクズ男だった。
再婚から半年も経たないうちに、次々と浮上してくる浮気相手の影。そして私が中学生になった頃には、周囲の人々がご親切にも教えてくださるのだ。
「アナタのお義父さんはねえ、総合病院に勤める前は大学病院の勤務医だったのよ。そこで教授令嬢を奥さんに迎え、出世間違い無しと言われていたにも関わらず浮気なんかして全てを失った…そういう人なの」
「そっ、そうなんですか」
呆れるほど下衆な笑みを浮かべ、そのオバサンは真実を暴露することで私を汚せるとでも思い込んでいるようだった。
「でもまあ、教授令嬢と言っても麻由里さんは愛人の娘だったから。本妻の産んだ優秀な息子さん達と比べると、扱いはゴミみたいなものだったのね。とにかく彼女自身も粗悪品としか言い様が無いわ。だってほら、普通は離婚すると母親に親権が移るものでしょう?なのにそうならなかった。噂では麻由里さんが育児を拒否したらしくて。離婚してからスグに別の男性と再婚…それもなんだかホストみたいなチャラチャラした若い男だったけど、相性が良かったのか未だに結婚生活は続いているみたいよ」
「……」
そんな話、どこか他所でして欲しい。何も、こんな法事の席で、しかも皆んなに聞かせたいと言わんばかりの大声で。もしデリカシーが市販されているのだとすれば、この人に買ってプレゼントしてあげたいと思うほどの醜悪さだ。
私が不快な表情を浮かべれば浮かべるほど、オバサンは嬉しいらしく、最高潮に困った顔をしていたらソレを遠くで発見した祥が飛んできてしまった。
「あら!祥ちゃんも大きくなったわね。七海ちゃんの2つ下だからもう中学一年生?うふふ、じゃあアナタにも実情を教えておいてあげないとね」
「えっ?あの、オバ様!祥はまだ子供なので聞く必要は有りませんから。祥、美空のところに戻りなさい」
年頃の少年を“子供”と称するのは逆効果だと、私は知らなかったのだ。
『絶対にここを動かない、最後まで話を聞く!』と言い張る祥を無下にも出来ず、仕方なく私達は見た目だけは上品で優し気なゴシップ大好きモンスターの話を思う存分、聞かされることとなる。
オバサンいわく、母・容子と義父・和哉の再婚は愛情など皆無なのだと。祥の実母・麻由里が若い再婚相手と蜜月を楽しむ為に、子供は要らないと言うので仕方なく引き取ったが、義父は育児を甘く見ていたようだ。ただでさえ多忙な職業である上に、6歳の祥はまだ良いとして、問題は1歳の双子だ。ベビーシッターも深夜まで面倒は見てくれないし、保育所を利用するにしても限度がある。実家は遠く、それ以前に厳格な和哉の両親は息子の離婚を世間体が悪いと嘆いており、とても子供達の面倒を見てくれそうに無い。
そんな時に、ウチの母が倒れたことでその哀れな現状を知って取引を持ち掛けたというのだ。
借金を完済してあげる代わりに、
子供達の面倒を見ろと。
体調不良ですぐに職場復帰出来なかった母は、背に腹は代えられないとその申し出を渋々受けた。勿論、義父・和哉の悪い噂は耳にしていたものの、幾らなんでも結婚すればその行動は改められると思ったのだろう。
しかし、彼は相変わらずだった。
浮気専用のマンションを借り、愛人との逢瀬を繰り返して滅多に家には帰って来ない。母1人子供5人の生活を暫く続けていたが、そのうち双子達も小学校に入り、再び母は復職する。
ゴシップ大好きモンスターのオバサンから、母と義父の結婚がそんな打算的なものだったと知らされたのは、その頃…つまり、子供同士の結束が固まり始めていた時期なのである。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?
中野森
恋愛
貧乏男爵家の長女クラリスは、弟の学費を稼ぐために男装して傭兵団へ入団した。
副団長にまで上り詰め、団長をはじめとした仲間から信頼を得るが、決して正体は明かさなかった。
やがて戦争が終わり、傭兵団は解散となる。
出稼ぎするために流した嘘の悪評により、修道院入りを覚悟していたクラリスだったが、帰郷した彼女を待っていたのは父からの「嫁ぎ先が決まった」という一言だった。
慌ただしく始まる淑女教育、そして一度も未来の夫と顔合わせすることなく迎えた結婚式当日。
誓いの言葉を促され隣からきこてくる声に、クラリスは凍りつく。
……嘘でしょ、団長!?
かつての想い人でもある傭兵仲間が今は夫となり、妻の正体には気づいていない――気づかれてはいけないのだ、絶対に!
本作品はゆるふわ設定、ご都合主義、細かいことは気にしたら負け!
※この小説は、ほかの小説投稿サイトにも投稿しています。
番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~
雨宮羽那
恋愛
魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。
そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!
詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。
家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。
同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!?
「これは契約結婚のはずですよね!?」
……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……?
◇◇◇◇
恋愛小説大賞に応募予定作品です。
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"
モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです!
※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる