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その6
しおりを挟むこれって平凡で目立たない女の子が、学園王子からある日突然『好きだ』と告白されちゃいました的な?もしくは人気バンドのコンサートに行ったら、いきなり私にだけスポットライトが当てられてイケメンのヴォーカルから『キミに一目惚れしました!』とか言われちゃう的な?
>お姉ちゃんだから我慢出来るよね?
>お兄ちゃんだから辛抱して!
怒ると怖いあの母からそう言われて育ったお陰で、5人いる子供達の中でも私と祥だけは役割が違う。我らは常に寛容であれと躾けられているのである。
それは長男・長女の悲しい性で、例えばどんなに美味しいお菓子を貰ったとしても、妹や弟がそれを欲しがれば難なく譲ってしまうし、どれほど家事が忙しくても気が済むまでそのお喋りを聞いてしまう。
つまり、押しに弱いのだ。
そんなワケで、見事なまでの次男キャラっぷりを露呈させた瀧本さんを前にして、我らは黙ったまま彼が発する次の言葉を待っている。なぜなら、お兄ちゃんだし、お姉ちゃんだからだ。なるべく相手の要望は叶えてあげようとするのが、我らの基本スタンスだと思って欲しい。
「俺と付き合うよね?」
「えっ、でも…」
なんかもう、この人の中では決定事項になっているようだ。
「七海を幸せにする自信は有るよ。これまで培った恋愛テクニックを駆使して、メタメタのドロドロにしてあげる」
「私の心が汚れているせいか、全部エロいことに聞こえてしまうんですけど」
「まあ、そう受け取られても間違いでは無いな。でも、エロは恋愛に於けるほんの一部分だから。あのさ、きっと七海って今まで誰かと付き合っても、『いつ電話すればいいの?』とか『次の段階に進むには何をすれば良いのかしら?』なんて勝手に悩んで自滅してたんじゃないか?」
「な、なんでそれを…」
「俺ならそんな悩みを抱かせる前にこっちから動くし、それ以前に俺達ってそれなりに時間を重ねて互いのことを知ってるからさ、あまり構えずに付き合えるんじゃないかな」
「う…あ…」
素晴らしいセールストークに押し切られそうだ。でも、待て、待つんだ私!この男はどう考えても私のことなんか好きじゃない。男女交際の核となる“愛”がどこにも無いではないか!
「まだ悩んでるのか、七海も頑固だなあ。いいよ、おいで、もっとじっくり2人だけで話し合おう」
「『おいで』って、ここは私んち…」
まるで悪戯な妖精のように微笑みながら、瀧本さんは私を連れて行く。一瞬だけ振り返ると、祥はソファの前で呆然と立ち尽くしていた。
パタン。
ドアを閉めていきなりベッドで大の字になって横たわるその人を見詰めながら、私はずっと握り締めていたグラスの中の麦茶を一気に飲み干す。
「ぬるい」
「んあ?…なんだ麦茶のことかァ…。てっきり俺の演技のことかと思ったよ~」
なぬ?!
今、もしかして“演技”とか仰いましたか?ってことは、あの突然すぎる交際申込は嘘だったの??
「そんな顔するなって。事前に打ち合わせしたら、たぶん七海のことだし、バレバレの態度をするだろう?だから言わなかったんだ」
「な、なるほど」
そして瀧本さんはムクリと上半身を起こして、胡坐をかきながら私に向かって真剣に語り出す。
彼いわく、私が現実を見ないフリをしているのが不憫だと。数年後…いや、もしかして今すぐにでも祥が他の女性と結婚すると言い出したら、どうするつもりなのかと。そうなれば確かに義父名義のこのマンションを出なければいけないのは私の方かもしれない。
そっか、祥に彼女がいるということは、
近い将来、結婚することも有り得るんだ…。
「俺さ、現実から目を背けて生きてた時に、ずっと『変わること』が怖くてさ。とにかく現状維持に拘ってたワケ。でも、よくよく考えてみたら現状維持もそれなりに労力使うし、結構大変なんだよ。その労力を『変わること』に使えばもっと人生が良くなるのに、それが分かっててどうしてそうしなかったのかなって今では不思議に思ってる」
「はあ…、そうですか…」
「俺の好きな曲に『壁だと思ってたら、実は自分のマブタだった』って感じの歌詞が有って。目の前に立ち塞がっている分厚い壁は自分が作った架空の物で、マブタを開ければ前に進めるのかもしれないぞ」
「わあ、湊が語ってる…」
「こら、真面目に話してるんだから、そっちも真剣に聞けよ。さっきのアレで分かっただろ?もし、あの弟が七海のことを女性として好きだったら、俺の告白に真っ向から反対したはずなんだ。…でも残念ながらそうしなかった。これでもう、踏ん切りをつけられるだろ?」
「……」
諦めと悲しみとその他諸々の感情がごちゃ混ぜだ。そしてその数分後に、私は小さな小さな声で『うん』とだけ答えたのである。
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