私に彼氏は出来ません!!

ももくり

文字の大きさ
6 / 45

その6

しおりを挟む
 
 
 これって平凡で目立たない女の子が、学園王子からある日突然『好きだ』と告白されちゃいました的な?もしくは人気バンドのコンサートに行ったら、いきなり私にだけスポットライトが当てられてイケメンのヴォーカルから『キミに一目惚れしました!』とか言われちゃう的な?

 >お姉ちゃんだから我慢出来るよね?
 >お兄ちゃんだから辛抱して!
 
 怒ると怖いあの母からそう言われて育ったお陰で、5人いる子供達の中でも私と祥だけは役割が違う。我らは常に寛容であれと躾けられているのである。
 
 それは長男・長女の悲しいサガで、例えばどんなに美味しいお菓子を貰ったとしても、妹や弟がそれを欲しがれば難なく譲ってしまうし、どれほど家事が忙しくても気が済むまでそのお喋りを聞いてしまう。

 つまり、押しに弱いのだ。

 そんなワケで、見事なまでの次男キャラっぷりを露呈させた瀧本さんを前にして、我らは黙ったまま彼が発する次の言葉を待っている。なぜなら、お兄ちゃんだし、お姉ちゃんだからだ。なるべく相手の要望は叶えてあげようとするのが、我らの基本スタンスだと思って欲しい。

「俺と付き合うよね?」
「えっ、でも…」

 なんかもう、この人の中では決定事項になっているようだ。

「七海を幸せにする自信は有るよ。これまで培った恋愛テクニックを駆使して、メタメタのドロドロにしてあげる」
「私の心が汚れているせいか、全部エロいことに聞こえてしまうんですけど」

「まあ、そう受け取られても間違いでは無いな。でも、エロは恋愛に於けるほんの一部分だから。あのさ、きっと七海って今まで誰かと付き合っても、『いつ電話すればいいの?』とか『次の段階に進むには何をすれば良いのかしら?』なんて勝手に悩んで自滅してたんじゃないか?」
「な、なんでそれを…」

「俺ならそんな悩みを抱かせる前にこっちから動くし、それ以前に俺達ってそれなりに時間を重ねて互いのことを知ってるからさ、あまり構えずに付き合えるんじゃないかな」
「う…あ…」

 素晴らしいセールストークに押し切られそうだ。でも、待て、待つんだ私!この男はどう考えても私のことなんか好きじゃない。男女交際の核となる“愛”がどこにも無いではないか!

「まだ悩んでるのか、七海も頑固だなあ。いいよ、おいで、もっとじっくり2人だけで話し合おう」
「『おいで』って、ここは私んち…」

 まるで悪戯な妖精のように微笑みながら、瀧本さんは私を連れて行く。一瞬だけ振り返ると、祥はソファの前で呆然と立ち尽くしていた。




 パタン。

 ドアを閉めていきなりベッドで大の字になって横たわるその人を見詰めながら、私はずっと握り締めていたグラスの中の麦茶を一気に飲み干す。

「ぬるい」
「んあ?…なんだ麦茶のことかァ…。てっきり俺の演技のことかと思ったよ~」

 なぬ?!

 今、もしかして“演技”とか仰いましたか?ってことは、あの突然すぎる交際申込は嘘だったの??

「そんな顔するなって。事前に打ち合わせしたら、たぶん七海のことだし、バレバレの態度をするだろう?だから言わなかったんだ」
「な、なるほど」

 そして瀧本さんはムクリと上半身を起こして、胡坐をかきながら私に向かって真剣に語り出す。

 彼いわく、私が現実を見ないフリをしているのが不憫だと。数年後…いや、もしかして今すぐにでも祥が他の女性と結婚すると言い出したら、どうするつもりなのかと。そうなれば確かに義父名義のこのマンションを出なければいけないのは私の方かもしれない。
 
 そっか、祥に彼女がいるということは、
 近い将来、結婚することも有り得るんだ…。

「俺さ、現実から目を背けて生きてた時に、ずっと『変わること』が怖くてさ。とにかく現状維持に拘ってたワケ。でも、よくよく考えてみたら現状維持もそれなりに労力使うし、結構大変なんだよ。その労力を『変わること』に使えばもっと人生が良くなるのに、それが分かっててどうしてそうしなかったのかなって今では不思議に思ってる」
「はあ…、そうですか…」

「俺の好きな曲に『壁だと思ってたら、実は自分のマブタだった』って感じの歌詞が有って。目の前に立ち塞がっている分厚い壁は自分が作った架空の物で、マブタを開ければ前に進めるのかもしれないぞ」
「わあ、湊が語ってる…」

「こら、真面目に話してるんだから、そっちも真剣に聞けよ。さっきのアレで分かっただろ?もし、あの弟が七海のことを女性として好きだったら、俺の告白に真っ向から反対したはずなんだ。…でも残念ながらそうしなかった。これでもう、踏ん切りをつけられるだろ?」
「……」

 諦めと悲しみとその他諸々の感情がごちゃ混ぜだ。そしてその数分後に、私は小さな小さな声で『うん』とだけ答えたのである。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~

ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。 完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、 家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。 そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。 「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」 契約だけの夫婦のはずだった。 お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。 静かで優しさを隠した公爵。 無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。 二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。 しかしその噂は王国へ戻り、 「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。 「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」 契約結婚は終わりを告げ、 守りたい想いはやがて恋に変わる──。 追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。 そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、 “追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。 ---

処理中です...