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その9
しおりを挟む「もう5時か…。じゃあ、軽く寝ておこう」
「ね、ねねねねる?」
動揺が隠せないのは、寝るという単語に相反する2つの意味が含まれるからだ。
1つは、単なる睡眠のこと。
残り1つは、男女の性的な営みを意味する。
この場合はどっちだ?!たった今、付き合うことを了承したのだからこの話の流れから考えると、たぶんきっと後者に違いない。
…マジで?
心の準備が全然整っていないのに、勢いだけでそんな事態に突入してしまうのか。でもまあ、確かに湊はそういうことに慣れていそうだし、体の相性を早々に確かめておきたいのだろう。しかも今日は土曜で、幸か不幸か時間はたっぷり有る。
「というワケで、シャワー借して」
「ど、どどどどうぞ」
さすが湊だ、次に何をすべきか行動に淀みがない。眠気のせいで頭がボンヤリしている私は、軽く頭を左右に振りながら己がすべきことを考えてみる。浴室に案内して、お客様用タオルと…着替えが必要だな。下着は無理だとしてもせめて部屋着を用意しなければ。長身の湊に私の服が着れるはず無いので、祥に借りてこよう。
って、祥に?
祥の部屋に勝手に入ることは出来ないから、ノックをして起こさねばならない。しかもその挙句、湊の為に部屋着を貸してくれと懇願するだなんて、なんとまあ難易度の高いミッションだろうか。
朝5時に、そんな非常識なことをする姉を持った祥が不憫でならないが、私の罪悪感などお構いなしで湊はいつも愛用している黒いビジネスバッグから当たり前のように新品の下着を取り出した。
それをガン見する私に向かって彼は言う。
「ん?ああ、これ?インナーシャツとトランクスは不測の事態に備えて、いつも持ち歩いているんだ」
「ふうん、へええ」
納得したフリをしてみたが、普通に働いていて、下着が必要になる事態ってどんな時だよッ?!
「今まさにその事態だよな、あはは」
「確かに」
軽く脱力したことを隠しながら私は湊を浴室へ案内し、それから祥の部屋をノックする。
コンコン。
コンコン。
気を遣って控え目な音にしたせいか、それとも熟睡しているせいか、返事は無い。これでは埒が明かないので、仕方なく声を発することにした。
「祥、ねえ、祥…」
「うん、なに?」
ぎょっとして振り返る。
何故ならその返事が、リビングの方から聞こえてきたからだ。
「しょ、祥?!なんでそこに」
「え?だって眠れるワケないじゃん」
照明は点けていなくても、淡いアイボリーのカーテンから差し込む日差しのお陰で室内は十分に明るい。ソファの上で膝を抱えて座っている祥の姿を確認した私は、素早くそこへ駆け寄る。その表情は、なんだか今にも泣き出しそうに見えた。
「どうして寝てないの?」
「だって、ねえ…ちゃん…が…」
痛いほど爪を手の平に食い込ませながら拳を握りしめていると、その手を強引に広げさせながら祥は私の瞳を覗き込んでくる。
「私が、どうかした?」
「あの男に…盗られる…」
ああ、そうか。これは分かり易い独占欲だ。ずっと一緒にいた、同士の様な存在の姉。その姉が他の男に奪われてしまうことにショックを受け、焦っているのだ。
「バカだなあ、私は、いつまでも祥のお姉ちゃんだよ。それは誰と付き合っても変わらないんだから」
「えっ?!じゃあ、やっぱりあの男と付き合うの?」
「うん。…あ、でも、大丈夫!!外見だけで判断すると絶対に遊び人で女の敵みたいだと思うだろうけど、湊は違うの。いや、正確には違わないんだけど、もう改心したって言うか、私とは真面目に付き合うと誓ってくれたからッ」
「…なんだよ、…それ」
こういうのを墓穴を掘ったと言うのだろうか。まったくダメダメだな、私。
反省しきりな姉の両肩をガシッと掴んだ祥は、いつの間にかその手を素早く移動させ、膝裏を掬うように持ち上げて所謂『お姫様だっこ』状態にしたかと思うと
そのまま自分の部屋へと向かった。
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