27 / 45
その27
しおりを挟む私は自分に自信が無いから、人の目を見るのが苦手だったりするのだが。
湊という人はそれを許してくれない。見つめ合うことがとにかく大好きで、ヒマさえあれは視線を重ねてくる。そして見詰め合ったら最後、逸らすことを許してくれないのである。
でも、待って。
ちょっとだけ待って。
すぐ傍に置いてあったソレを素早く手に取り、湊の鼻にそっと当てて私は優しく囁いた。
「はい、チーンして」
「ん?あ~、鼻水か」
ティッシュペーパーで押さえつけられたせいで、鼻水が『ばなびず』に聞こえるけど、照れ臭そうに笑いながら湊は素直に鼻をかむ。
ブーンッ!
一旦離し、ティッシュを別面に変えてもう一度。
ブビーッ!
「あはは、豪快だなあ。あのね、双子の弟達がまだ小さかった頃、こうやってよくお世話したもんだよ」
「ったく、俺は子供かッ」
「ある意味、子供より悪いよね。湊は図体だけ大人で中身が子供だから、行動範囲が広いんだもの。…ほんと世話の焼ける子供だわ。…でも、ダメな子ほど可愛いってよく言うじゃない?なんか憎めないんだなあ」
「うっ、ぐっ」
私は上半身だけ起こして、そのまま湊の頭を自分の胸に抱く。
「あー、ほんとダメダメで可愛い」
「……」
こんなに貶したから、てっきり怒り出すのかと思ったのに。
湊は気持ち良さそうにその身を預け、クフンクフンとまるで大型犬が飼い主に甘えてくるかの様に鼻先を擦りつけてくる。よく見るとその鼻先は真っ赤だ。
「湊、鼻が赤い…。あ、さっき鼻をかんだせい…って、ん?なんか顔全体が赤いのはどうして?」
「くっそ」
「へ…?」
「ああ、くそっ、俺、なんかバカみたいに幸せなんだけど」
唐突なその言葉に驚いていると、湊は珍しく自分から視線を外して明後日の方向を見ながら語り続ける。
「セックスとか甘い言葉とか高価なプレゼントとか。とにかくそんなもんよりも、今こうして七海に抱き締められているだけで、メチャクチャ愛されてる気がする。あああっ、苦しい、怖い、これを失いたくない。七海…、なあ、七海…」
ポロリと目から落ちたのは、
所謂『ウロコ』だったのかもしれない。
そっか、なんだ、同じだったんだ。
「わ…たしも、ずっとそう思ってた。湊はすごくモテるし、私のことなんかきっとスグに飽きて捨てられちゃうんじゃないかって。でも、短い間でも構わないから、今この時を湊と一緒に過ごそうって決めたんだよ。…ねえ、多分これ、恋をすると必ずセットでついてきちゃうのかもしれないね」
「セットで?」
「神様に試されているんだよ。恋愛には別れが付き物だって、万人がそう思わせられているの。そしてそれを乗り越えたカップルだけが、真実の愛を掴めるんだよ」
「七海も…、怖いのか?」
私は勢いよく頷く。
「当然だよ!大事な物を手に入れたら、真っ先に『失いたくない』と思うでしょ」
「そっか、そうなんだ…大事だから、怖いんだな」
明後日に向けていた視線を漸く私に戻して、湊は柔らかく微笑む。
いつもは自信満々で、無敵な王様という感じなのに。こんな表情も出来るんだ…と思ったら、妙に嬉しくなってその頬に手を伸ばす。全体重をかけない様にと腰を浮かせて私の座骨あたりに乗っていた湊は、私を再びソファに押し倒した。
「怖い…けど、やっぱり嬉しい」
「うん、…俺も嬉しい」
「幸せだねえ…」
「ああ、幸せだ」
この時、珍しく私の方からその瞳の奥を見詰めた。
こんなことを言うとバカだと思われそうだけど、でも本当に思ったのだ。
──私への愛が、たくさん溢れていると。
これを信じずに、何を信じるのかと。
そして私達は、見詰め合ったままで、
永遠に続くみたいな長くて深いキスをした。
0
あなたにおすすめの小説
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる