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13.彼の逆襲
しおりを挟むそれから2日間ほど課長は口を利いてくれず、私はとても後悔していた。
三世代同居という大家族で生まれ育ち、それが大学進学と同時に1人暮らしを始め、やっと孤独に慣れてきたところに突然降って湧いた課長との共同生活。正直、とっても楽しくて。あの人、どんな小さな独り言でも必ず拾うから。私のボケに突っ込んで、笑いまくるから。…それが今ではダンマリを決め込まれ。というか、それ以前に私が無視してるんだけど。
うずうず。
しゃ、喋りたい。とにかく課長といつもみたいに喋りたい。そう思った私は、朝から大量の牛すじを仕込む。なぜなら辛口料理評論家の大松課長が、唯一褒めてくれたのが牛すじカレーだからだ。出勤前の慌ただしい時間帯にその作業を必死で行なっていると、課長の声が聞こえてきた。随分と大きな独り言だなあ…と思っていると、どうやら電話中だったらしく。そのあと彼はキッチンに顔を出し、ドヤ顔で言うのだ。
「小嶋ァ。悪いけど今晩の食事要らなくなった」
「えっ?そうなんですか?課長の好きな牛すじカレーを作ってるんですけど」
ドヤ顔は更に進化して天狗顔になっていく。
「喜三郎のお客さんでモデルの女のコがいてさ、そのコの友だちが『彼氏欲しい』って言うから俺を紹介したいんだと。なんか超ド級の美人らしいぞ、アハハハ」
「ヘー、スゴイデスネー(棒)」
なんだか無性にムカムカした。でも、それがバレるのが悔しくて必死で堪える。
「もしかして今晩はそのまま外泊するかも。小嶋、戸締りはきちんとしておけよ?女のひとり寝は物騒だからな」
「はいはい、分かりましたッ」
そう言った後、チラチラこっちを見ている。そして少なからずショックを受けた私を確認し、満足そうに微笑んだりして。な、なんだこの男は?!どうしてそんなに嬉しそうな顔をしてるワケ?
そして事件はその晩、起きたのだ。
外泊するかもとまで言っておきながら、大松課長は夜9時に帰宅した。それからずっと遠い目をしているのだ。冷戦中なので声を掛けることも出来ず、そっとしておこうと心に決め、自室に籠もる私。すると、喜三郎さんから電話が。
「お兄ィ、大丈夫?!」
課長への電話を掛け間違えたのかと思い、私はワザとゆっくり話し始める。
「うふふ、小嶋ですよ。喜三郎さんったら意外とオッチョコチョイ?」
「そうじゃなくて。キコちゃん、お兄ィの様子は?なんかヘコんだりしてない?」
あの状態を表現するならば正にその通りと思い、素直に答えた。
「フォローして貰っていいかな」
「フォロー…?」
喜三郎さんによると、超ド級の美人の性格は恐ろしく難アリで。これじゃあ彼氏も出来ないよな、と思うほどで。それでも前妻の例が有ったので、喜三郎さんは実兄に声を掛けたのだそうだ。『だってお兄ィ、顔が良ければ中身がクソでも全然イケる男だからさ』。
…そう、課長には揺るぎない自信が有ったのだ。
物心ついた頃から、ありとあらゆる女性に言い寄られ。社会に出てからも、自分が声を掛ければ大抵の女はYESと答える。遠くから自分を眺め、頬を染める女たち。年齢を重ねるごとにその円熟味は増し、その色香に女たちは身悶えしていると。
だがしかし、超ド級美人は課長に哀しい現実を突きつけた。あまりにも無知な彼女に、課長はウッカリ説教したそうだ。
「えっ?選挙で投票したこと無いの??あのさ、キミも将来は母親になるかもしれない。その子供のために良い社会を作ろうとするには、今から頑張らないとダメなんだよ。女だから政治に関係ないわ、なんて言わないできちんと世の中のことに参加しておかなくちゃ」
その後ずっと、彼女を諭し続けたのだと。
『ちょっと説教臭かったかな?』と反省し、トイレへと向かった課長。気分一新、明るい話をしようと戻ってくると、超ド級美人は友人と喜三郎さんに思いっきりこう愚痴っていたそうだ。
「ったくもう、なんなのあの説教オジサン。昔はモテたかもしれないけどさ、もう過去の栄光って分かってんのかな?どこかの中年男が若い女のコをはべらせてる姿を見て、勘違いしてるんじゃない?…自分もまだまだイケるって。そういう中年男性はお金を持ってるんだよ。ていうかさメリットが無ければ若いコだって中年なんかと付き合ったりしないし。も~!あの説教オジサン、本当につまんない」
ここで別の女子が課長の帰還に気付いて彼女を宥めたが、課長はそのまま帰ってしまったらしい。
それを聞き、私の胸は激しく痛んだ。
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