そんな女のひとりごと

ももくり

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18.課長の告白

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……
「へえ、そうか、残念だなあ」

小杉さんは死んでも行かないであろう格安の居酒屋の片隅で、私は福野さんに告白していた。『告白』と言っても、愛を伝えたワケではない。課長と付き合い始めたことを伝えたのである。なぜなら一般男性の意見を聞きたかったから。黙ったままで福野さんとイイ感じになるという選択肢も有ったが、そんな生き方はポリシーに反する。

そして、そのまま私は全てを話すのだ。課長とは恋愛の重さが違うということや、支店から研修に来ている小杉さんの存在、自分が『彼女』なのに隠されていることも。考えが纏まらず、アレもコレも伝えたくなってものすごく長い話になったと思う。なのに福野さんは最後まで熱心に聴いてくれて、話の内容を咀嚼するように要点を簡潔に復唱し、それから私に質問してきた。

「ねえ小嶋さん、ちょっと考えてみてごらん。職場で2人だけのプロジェクトが発足した。それも男女ペアのプロジェクトだ。いつもミニ会議室に2人きりでいるけど、色恋沙汰には発展しそうにない組み合わせだし、2人とも真面目に仕事するタイプの人間だから、信頼しても大丈夫だと思っていたら…」

えっと、その話ってまるで…。福野さんは『最後まで喋らせて』という感じで優しく私に目配せする。

「…いつの間にかこの2人がデキていた。おいおい、話が違うだろって周囲は思うよね?じゃあお前たち密室でいつも何してたんだって。最悪、『ヤッてたんじゃねえの?』なんて酷い邪推をする人間も出てくる。もし俺が大松課長の立場でも、小嶋さんとの交際は公表しないな。

それがキミを守ることにも繋がるから。

プロジェクトを終えて、何もかもほとぼりが冷めてから、したり顔で『付き合ってまーす』って言う。あのさ、その支店から来た小杉さんという女性、上司ともツーツーなんだろ?しかも仕事に燃えているみたいだし、だったら尚のことそんな人には話せないと思う」

…どうしてだろうか。ずっと眠れないほど悩んでいたのに福野さんの言葉で何もかもスッキリして、急に元気が湧いてきた。

「うあっ、あの、福野さん有難うございました。これで明日からまた頑張れますッ」

仏様に拝むかの如く手を擦り合わせていると、福野さんは温和な笑顔を貼り付けたままで私を叱り始めるのだ。

「でも、コレは俺が小嶋さんを慰めようとして頑張って創った仮説だからね?実は課長が小杉さんを狙ってるかもしれないよ。あのさ、本人同士の問題なのにどうして第三者に相談するのかな?ソコがもうおかしいと思うんだよね。

一方は『教えてくれないから』と主張し、
一方は『訊いてくれなかったから』と主張する。

お互いそれに気づいているのなら、訊けばいいし、教えてあげればいい。何を逃げているんだよ?どうせウザイと思われるのが嫌だとか、そんなツマンナイ理由だろ?この先、問題が起こる度、第三者を巻き込んで解決していくつもり?意思疎通の出来ない恋愛なんて、絶対に長続きしないよ。あのね、キミは『彼女』なんだから、課長に質問しても許されるの。帰ったら直接、本人に訊いてごらん。分かったかい?」

その迫力に負けて『ハイ』と即答し、スゴスゴと帰宅したのだが。
課長は深夜0時を過ぎても帰って来なかった。



課長の帰宅時間を覚えているのは、1時23分…つまりワンツースリーだったからで。別に泥酔している感じでは無いが、明らかにフラフラ状態で課長はタクシーを降り、私の顔を見ると即座に目を逸らす。それからネクタイを外し、リビングのソファで四肢をダラリと放り投げ、溜め息をひとつ吐いた。

チッチッチッ。

壁時計の秒針が異常に大きく聞こえたが、勇気を出して私は問うのだ。

「今まで小杉さんと一緒だったんですか?電話したけど出てくれないし、私すごく心配したんですよ」

一瞬、考え込んだかと思うと、課長は遠い目をしたまま私を手招きする。

「え、ええっ?な、なになに」

手首を掴まれたかと思えば無言のまま膝の上に乗せられ、背後から抱き締められた。

「怖かった。あの女、マジでヤバイ」
「『あの女』って、も、もしかして小杉さん?」

コクンと課長は頷き、意外な真相を語り出す。課長はずっと小杉さんに脅されていたのだと。…それも私との関係が原因で。研修初日の昼休憩で私が課長にした、『今日は真っ直ぐ帰りますか?』という質問。それに小杉さんは敏感に反応し、『この2人はデキている』と直感したらしい。そして私が席を外した際に、課長にこう言ったそうだ。

>仕事と私生活プライベートを混同してませんよね?
>もしそうであれば、部長に報告します。

それから課長の苦悩の日々が始まった。別に2人の交際がバレても構わないが、あまりにも状況が悪すぎる。密室で2人きりの作業。その2人が付き合っていると分かれば、邪推する人間が必ず出てくるはずだ。そうなると、課長はもちろん私の評価も下がる。最悪、別の人間に交代させる案も出るだろうが、もうあと数週間で完成予定のこの仕事を今更、他の誰かに譲るなんて有り得ない。

「んで、付き合ってないと答えたんだけど、ほんとあの女、揺さぶりがスゴくてさ。しかも俺にだけ突っついてくるだろ?まあ、その方が有り難かったんだけどな。だってお前、すぐ顔に出ちゃうから。そう思ってこの話も教えなかったんだよ。…でさ、小杉さんが言うには小嶋の様子を見ていると絶対、俺に惚れてるんだと。いやいや、そんなの知ってるっつうの。でもそれを認めるワケにはいけないから、小嶋が一方的に俺に惚れてるってコトにして。知らぬ存ぜぬで過ごしてみたものの、なんか段々、状況が変わって来たんだよ。3日目くらいに『付き合いましょうか』って。『課長ってどう考えても私のことが好きですよ』とか寝ぼけたことを言い出しやがって、笑ってそれを躱してたんだけどとうとうアイツ、2人きりになって本気を出しやがった」

いったい何があったんですか?と問うと、課長は弱々しく答えるのだ。

「あのな…、しこたま酒を飲まされて、ホテルに連れ込まれた」
 
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