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続・副社長の乱
しおりを挟む驚いて、声が出ない。だって、あんなに可愛くて親切な中村さんがどうしてそんな嘘を私に言ったの??
…その答えは、分かり過ぎていた。
吐き出すように次から次へと龍が情報をくれる。当時、中村さんは龍と一番仲のいい菊池くんと付き合っていたが、彼と別れて龍と付き合い出したのだと。そのことでかなり揉めて現在、龍は仲間たちから距離を置かれており。その為、中村さんとの交際を大っぴらに出来なかったそうだ。
「俺が未来に拒絶され始めて、凄く落ち込んでいた時に中村だけがそれに気づいてしょっちゅう声を掛けてくれたんだ。そのうち、食事に誘ってくれたり、一緒に遊びに行くようになったりして。もちろん、友だちの彼女だしそんな裏切り行為はダメだと思ってたんだけど。なんかあの頃は未来に嫌われたことで、激しく自信喪失してて。中村から向けられた好意で救われたと言うか…でも全部、アイツの計算通りだったんだな」
私以上に龍の方がショックを受けており、その姿を眺めながらふと思った。恋ってもっと綺麗なものだと思っていたのに、実際はこんなに汚くて恐ろしいものなんだな。だったら、私は恋なんてもうしたくない…と。中村さんの行為は、私はもちろん龍の心をも傷つけた。龍から友人を奪い、自分だけに依存させるよう仕向けて龍の人生を大きく変えてしまったのだ。幾ら好きだからと言ってこんなことが許されていいはず無い。
「怖いなあ。私、こんなことに巻き込まれるくらいなら一生片想いのままでいいや…」
独り言みたいにしてボソッと呟いただけなのに、それを聞いた龍が哀しそうに言う。
「ごめん、未来…俺のせいだ。中村なんかの言葉を撥ねつけられるほど、俺がもっと未来に愛情表現していれば…そうすればお互いの気持ちもシッカリ固まって、お前が離れて行くことも無かったのに」
この人は本当に真面目な人で、すぐに自分を責めてしまうのだ。
「龍、そんなこと無いよ。私ってほら、自己評価が低いから!だって、仕方ないよね…10年間も片想いして、毎日フラれ続けていたんだもん。私なんて誰も好きになるはず無いって、すぐにそう思っちゃうんだ。こんな私に好かれても迷惑じゃないかなとさえ考えるほどの卑屈っぷりだよ。だから、お願い。謝らないで」
その時、ふわりと背後から誰かに抱き締められた。驚いて振り返るとそこには圭くんがいて、苦しそうにさえ見える表情で言うのだ。
「未来は悪く無い、俺が、全部俺が悪い」
「け、圭くん…」
突然その抱擁は“ふわり”から“ぎゅっ”へと変化し、身動きできない状況に。
「ちょ、あの、圭くん??ここでそんなことをすると…あの、目立つし、だから…その、お願い、もう離してッ」
「頼む未来、俺と付き合ってくれ!!」
バシッ、シュバッ、ドンッ、サスサス。
突然のことに足が固まったのは仕方ない。
しかし、この状況を改めて説明すると、こうだ。
副社長降臨!
バシッと圭くんの背中を叩き、
シュバッと私から引っぺがし、
ドンと圭くんを突き飛ばしてから、
すまないねと言わんばかりに圭くんの肩を
サスサスと擦ったのである。
『うわっ…』と龍が言い、私はポカンと口を開けっ放しだ。
「えっ、あ…、み、未来…」
「だからッ、これは俺のなんだってッ」
圭くんの叫びに、副社長が威嚇する。
幸いにもこの直前に電広堂のお偉いさんが閉会の挨拶をしており、毎回恒例らしい一本締めの音とその後の歓声で見事に掻き消された。
>わあ~っ!
>お疲れサマでーす!!
>あはは、楽しかったねえ。次はどこに行く?
>私トイレに行ってくるねー!!
そんな雑多な音に紛れて私は圭くんに詫びた。
「こ、こう見えて副社長、本当に酔ってるから。だから悪く思わないでね?!偉い人に言いつけたりしない…で…きゃッ」
奇声を上げたのは、もちろん副社長が私を連れ去ったからだ。しかも羽交い絞めに近い体勢で半ば強引に。知らない人が見たらきっと、部下に絡んでいる愉快な上司にしか思えないだろう。
バン。
タクシーの後部座席のドアが閉まった途端、副社長はしれっとこう言った。
「俺、全然酔ってないから」
「うええっ?!ま、またまた~。素面であんなことやこんなことをするワケ無…」
んぶ、ぐむ。
濃厚なベロチューで口を塞がれた私は、バックミラー越しに運転手さんの視線を感じ。必死で抵抗するも逆に深く舌を差し込まれてしまう。
「な?酒の味がしないだろ?実はこの袖部分にビールをぶっ掛けられたんだ。だから今までの行為は全て素面だったんだな」
「ゼエゼエ…。分かった、分かりました。ていうか余計にタチが悪いですよ!」
「何が?」
「け、圭くん…じゃなくて御門さんと真剣な話をしていた最中に、私を連れ去るなんてッ」
暗い車内でもハッキリと分かるほど、副社長は鋭い眼光を放ちながら私に顔を近付ける。
「未来には俺がいるだろ?なんですぐに断らないんだよ」
「えっ、だって…私と副社長は別に付き合ってませんよね?」
「はっ?!」
「だって私、何も言われてませんけど。その、付き合って下さいとかそういう感じのを」
無言、溜め息、無言、溜め息。
社長の自宅に到着するまでそれはずっと繰り返され、そして玄関ドアを閉めるとスグに副社長は言った。
「未来、俺と付き合ってくれ。ていうかもう、俺は付き合ってるつもりだった。YES以外は受付けないから、早くハイと言え」
「は?」
「『は』じゃなくて『ハイ』だっつうの!」
「突然そんなことを言われても、あの…」
「タクシーん中でこの流れになってただろ。あの好奇心まる出しで客のプライバシーなんかクソとも思ってねえ運転手の前で、言えるワケ無いだろッ?!だからウチまで我慢したんだぞ」
「それは素晴らしい気遣いですね」
「くっそ、なんだよその余裕な感じッ。急にモテ出してイイ気になってんじゃねえぞ!」
「モ、モテてなんかいませんよ~」
「は?!この期に及んでまだ言うかッ。じゃあ、清水に交際申し込まれて田島に迫られて須賀に切ない目で見られて御門さんに告白されてたのはいったい何だと思ってんだよッ」
「えと…、なんか集団ヒステリーに近い何か…。多分、酔った勢いで1人が言い出したら、何となく皆んなつられちゃったんですよ」
えへっと笑うと、副社長も一緒に笑い。
それから激しく両頬を外側へと引っ張られた。
「いた、痛いですってばッ!!何でこんなことするんです??」
「鈍いからだよ、コンチクチョウ。くっそ可愛いな、どうしてこんなに可愛いんだ」
歪んだ愛情表現を受けながら私は、ふと圭くんからの告白を思い返し
…その真意が分からずにモヤモヤしていた。
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