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彼らの言い分・2
しおりを挟む[~圭side~ 2/3]
でもまあ、考えてみて欲しい。
俺が特定の彼女と付き合っている間は遠慮してくれるものの、それ以外での未来ちゃんはとにかく凄かった。そう、まるでストーカーだ。SNSの受信通知は常に『未来未来未来』。1日の終わりにその日の出来事を思い起こしてしんみり浸っていると、未来ちゃんから電話が掛かってきて愉快な失敗談などを聞かされ続け。土日に秋山家へ顔を出さないと、未来ちゃんの方から俺のマンションに突撃してくる。最早、夏休みやGWなんかは地獄だった。確かに可愛いと思うことも有ったが、ここまで度が過ぎると“好き”とか“嫌い”の範疇を超えて、鬱陶しいだけ。
『本当は優しくしてあげたかった』などと悩んでいたことが嘘みたいに、とても自然に未来ちゃんを鼻であしらう俺に周囲もドン引きだったが、当事者の未来ちゃんはそれでも相変わらずだった。
>圭くん、大好き!
>やっぱり圭くんは優しいね。
>あはは、圭くんって面白~い。
貰い過ぎていたその言葉は有難味を失い。基本『勝手に言ってろ』というスタンスで反応すら返すことも無くなった俺に、ある日聡介がこう提案してきたのだ。
「なあ、圭。もう未来も社会人になるんだし。そろそろケジメをつけてやってくれないか?」
…この時の俺は、こんな風に考えた。改めて考えてみると、未来ちゃんのことは嫌いじゃない。いや、それよりむしろ好きかもと。彼女の前では飾らず自然体でいられるし、どんな俺でも好きでいてくれるって貴重だぞ?うん、そうだそうだ、もしかして付き合ってしまえばあの鬱陶しい行為も収まるかもしれない。
えっと…。
でも俺、今更『付き合おう』とか言えるのか?
…その数日後。頭の中がまだ整理出来ていない状況のまま、未来ちゃんが何度目かの告白をして来て。慌てて俺は返事する。
>本当に未来ちゃんは挫けないなあ。
>じゃあ1回だけ相手をしてあげる。
>それで納得してくれないか。
それはつまり、
>しょうがないから1回だけ彼女にしてやるよ。
>でも、今までみたいに電話やSNSで
>しつこく連絡してきたら別れるかもな。
という意味だったのに。勿論、そう言って補足もしたのに何やら思い詰めた表情の彼女は、俺の話なんか右から左に聞き流してしまったらしく。一晩だけの仲で2人の関係は終わり、未来ちゃんは俺の前から姿を消した。
最初は姿を消したことすら気付いていなくて。何故なら歴代彼女たちとあまりにも反応が違い過ぎたのだ。だって普通は好きな男と初めて寝たら、ベタベタしたがるものじゃないのか?なのに意味不明なお辞儀を俺にして、未来ちゃんはすぐに帰ってしまい。その翌朝も、日課のはずのモーニングコールを掛けて来なかった。てっきり照れているだけかと思ったのにその調子で1日、2日と過ぎて行き、気付けばいつの間にか1週間が経過。
ああ、そっか!…アレだな。きっと周囲の女友だちから入れ知恵されて、『今までは確かに未来の方が奴隷的立場だったけど、付き合うことをOKした時点で同等の関係に変わったのよ』とか言い出す面倒なアレだ!…と、その時は本気でそう思った。
だから仕方なく俺から電話したのに、何度掛けても話中音が流れるだけ。そして俺はようやく自分が着信拒否されていることに気付いたのである。
もう、この時点で頭の中はパニックだ。
だって、あんなにスキスキ言っておいて、こっちが付き合うことを了承した途端、着拒って。しかもあのコ、自宅バレバレなんだぞ?俺が秋山家に直接向かえば、連絡を絶っても意味なんか無いのに。いったい、何がしたいんだよ?!混乱しつつも聡介に電話すると、意外なことを教えてくれた。
「未来だったら先週の月曜にウチを出て行ったよ」
「で、出て行った??」
就職を機に、1人暮らしを始めたのだと。どうやら俺と一夜を共にしたその翌日に引っ越したらしい。着拒して、しかも引っ越すだなんてこれはもう絶対に俺と付き合う気なんか無いよな。そう言えばその昔、聡介から予告されていたっけ。
>勝手に圭のことを頭の中で美化してて
>妄想で作り上げた王子様に惚れてるだけ。
>きっと両想いになって付き合い出した途端、
>『思ったのと違う』って騒いで逃げ出すぞ。
やっぱり思ったのと、違ってたってことか?
どこが、どんな風に?
10年間も俺のことを追い回しておいて、
たった一晩で嫌いになったのか?
なんかもうプライドがズタズタで。電話の向こうで聡介が未来ちゃんの新住所を教えてくれようとしていたけど、精一杯の強がりで『要らない』とだけ答えた。…人生初の失恋は意外なほど深い傷跡を残し、失ったと知って初めて俺は、未来ちゃんを本気で好きだったことに気付く。
そっか、あのコのお陰で俺は、
寂しいと感じることが少なかったんだ。
でも、今は寂しい。すごくすごく、寂しい。もう彼女になってくれなくてもいいから、以前みたいに傍にいてくれないかなあ。
その半年後。とうとう我慢が出来なくなり、聡介から未来ちゃんの連絡先を教えて貰った俺は哀しい事実を知ってしまう。
「そうだ圭、未来に彼氏が出来たんだぞ!!」
俺と未来ちゃんの関係を知らない聡介は、呑気にこう続けた。
「喜べ、これでもう未来から解放されるぞ!アイツ、会社の同期の男と付き合ってるんだってさ。この前ウチの母親が連絡無しで未来のマンションに行ったら、なかなか中に入れてくれなかったみたいで。変だと思って強引に突破したところ、未来のヤツ、男を連れ込んでたらしい。ぷぷッ…もう社会人なんだし、彼氏がいても当然だけどさ、なんかあの未来がと思うと感慨深いよなあ」
引き攣る笑顔を貼り付けながら俺は適当に相槌を打ち。その後のことは殆ど覚えていない…。
生まれて初めての感情。
それは後悔と嫉妬のごちゃ混ぜだったと思う。
バカだな、俺。どうして半年も彼女を放っておいたんだろう。プライドか?ずっと追われている立場だったのに、その逆になった自分が悔しくて平気なフリをし続けたんだよな?その結果、未来ちゃんは他の男のモノになり、もう手の届かない場所に行ってしまったのだ。
…待てよ。
本当にもう手が届かなくなってしまったのか?だって10年間も毎日スキスキ言っていた相手なんだぞ?ほら、よく聞くじゃないか。目の前にいなければ平気だけど、目の前にその人が現れるとやっぱり心を攫われてしまうと。
…攫ってやろうじゃないか。
偶然を装い、姿を見せてやると決心した俺だが、残念ながらそれを実行することは叶わなかった。何故なら突然、支店に飛ばされたのである。“飛ばされた”という表現は語弊があるかもしれないが、とにかくその支店はツートップの仲が最悪で、支店内を二つに分断していたのだ。その一方が他社に引き抜かれたせいでゾロゾロと退職者が続出し、『取り敢えず新人でも構わないから』ということで本社から数名ほど貸し出すことになったというワケだ。
当初は『支店が落ち着くまでの数カ月』という約束だったが、なんだかんだで1年越えの長い出張となり、本社に戻った頃には未来ちゃんに対する想いが奥の方に隠れてしまったというか。『何を今さら』と言われることが怖くて、なんとなく先延ばしにしていたら、聡介から呼び出されて突然の婚約報告を受けてしまう。
その時に嬉しい新情報を入手した。
「未来のヤツ、彼氏と別れたみたいだぞ」
「へ、へえ…。それは残念だったな」
いや、全然、残念じゃないしッ。そんな傷心の時期に大好きだった俺に再会したら、恋心もメラメラと再燃するに違いない!
ウキウキしながら俺は、
そのチャンスを今か今かと待ち続けていたのだ。
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