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ユーリカ
しおりを挟む「無性に誰かを愛したくなる時が有るんだって」
そう言って彼は笑った。
だけど本気で誰かに愛される自信が無くて、結局はセックスでその場を凌いでしまうのだと。セックスなんて簡単で、暗闇ですることが多いし、そうでなければ目を閉じるだけでその世界にのめり込めるらしい。相手は誰でも構わない、だって手順は同じだから。触れて慣らして突っ込んでから出す。薄いゴム一枚のお陰で繋がっても他人のままでいられるんだよと彼は纏めた。
声は明るいのに随分と冷めた目で話すその人に、私はチビチビお酒を飲みながら『へえ』とか『ほお』とか相槌を打ち、心の中で同情する。
なんだか面倒臭い人生を送っているなあ…と。
壮ちゃんこと樋口壮一は兄の親友だ。彼の母親は料理研究家を生業にしており、その試食と称して息子にかなりの量の食事を与えていたらしい。その結果、そこそこの肥満児が完成。
当時のことを振り返って壮ちゃんは言う。母親は二重人格かと思えるほど外面が良く、家の中では絶対君主のような存在だったのだと。父は大手飲食チェーン店の三代目社長で、気が弱くて押しにも弱い。だから母の言いなりで、それに倣って壮ちゃんも決して母親に逆らうことはしなかったのだそうだ。
幼い我が子に母はとにかく食べさせた。『だって捨てると勿体ないでしょう?それに息子がガリガリだと、母親の手料理が美味しくないと思われてしまうじゃないの』…そんな理屈でムリヤリ口に捻じ込まれ、2歳下の弟にも同様にそれを強いたのだと。
心優しい壮ちゃんは、コッソリと弟の分も食べてあげるようになり、中学生の頃には更にムチムチ状態。私が初めて彼を見た時は白いテディベアかと見紛うほどだった。顔立ちだけで言うとアイドル並みに綺麗なのに、その体型のせいで全てが台無しになっていたのである。
そんな壮ちゃんを一部の女生徒たちが遊び感覚で『可愛い』と騒ぎ出し、暫くしてそのリーダー格の女子から壮ちゃんは交際を申し込まれる。
『断ったら何を言われるか分からない』などという消極的な理由で付き合い出し、彼氏らしく振る舞おうと孤軍奮闘した壮ちゃんだったが、残念なことにわずか数カ月で審判が下されてしまう。
>付き合ってみたら、アイツ勘違いし出して。
>なんか最近、キモイ。
>だよねえ~、よくよく見たらブタみたい。
>あはは、キモブタ~。
>おい、ブタのくせにこっち見んなよ!
>あっち行け!近寄んなッ。
可哀想な壮ちゃんは彼女から一方的に振られ、それ以降はまるで汚物の如く扱われたのである。
そうして卒業までの半年間をひたすら耐え、高校に入ってから彼はダイエットを決意する。その頃、母親の方も時代の流れを読んで健康志向の料理作りをするようになり、ムリヤリ食べさせられるどころかむしろバランスの取れた食事を摂らせて貰えるようになったそうで。食生活の改善は大きかったらしく、加えて朝夕のジョギングなどで健康的に痩せた彼は、毛虫から蝶へと変化する。
もともと整った容姿が脂肪に埋もれていただけだったので、それさえ削ぎ落せば色香すら漂うモテ男になってしまったのだ。そんな彼を周囲が放っておくはずも無く、彼は異常なまでに女性達から追い回され、今度はそれを断ることに神経を擦り減らす。心根の優しい壮一少年は、誰かの好意を拒絶するということが非常に辛かったらしく、それじゃあ取り敢えず誰かと付き合ってみようとしたものの、何故か彼の選ぶ女性はことごとく嫉妬深く、行動を逐一報告させ、付き纏い、管理した。
その結果、壮ちゃんは壊れた。
特定の彼女を作らずその場限りの女性達と関係を持ちまくり、爛れた生活をした挙句に何を考えているのか分からない男になってしまったのだ。
「俺を好きな女なんて、気持ち悪い」
この口癖でも分かるように、壮ちゃんは自分で自分を嫌悪している。いや、呪っているようにすら見える。よく少女漫画とかだと、華麗に変身したヒーロー、もしくはヒロインには薔薇色の人生が用意されているが、現実はこんなモノである。
とにかく壮ちゃんの場合は、変身により屈折した。まともな恋愛はしそうに無いし、しようという気も起こらないらしい。でもまあ、私は物語で言うところのモブキャラなので、彼の心をどうにか出来るなんて思わないから、ただ温かく見守っていこうと思っている。
……
「明恵ちゃん、俺と付き合ってください」
「えっ」
話せば長いことながら、私こと嘉村明恵は今、壮ちゃんがひとり暮らししているマンションの正面玄関に立っている。もちろん、告白してきたのは壮ちゃんでは無い。先日、女友達のムーさんが『彼氏の友人が彼女を欲しがっている』と言い出し、騙し打ちで連れて行かれた居酒屋で紹介されてしまった人だ。
お相手の三沢くんは私と同じ21歳で性格も良く、見た目だってまあまあだ。いや、まあまあと言うと語弊が有るかもしれない。世間一般ではきっとハイレベルなのだろうが、残念ながら私は極度のブラコンで、この一つ年上の兄が泣く子も黙る美形なのだ。しかもその親友である壮ちゃんも同じくらい美形なので、他の人よりも基準が厳しくなってしまうのは仕方ない。
ちなみに何故、壮ちゃんのマンションにいるのかを説明すると、これまた友人のノッチが『隣りの独居老人が急に入院してしまったから』と飼い猫3匹を預かり、これが残念なことにお婆ちゃんが急逝。引き取り先を探していたところ、最後の1匹を壮ちゃんが貰ってくれることになったのである。しかし、壮ちゃんはイタリアンレストランで週3日バイトしていてその日は帰宅が遅いため、こうして私が猫の晩御飯をあげる取り決めになったのだ。
…で、三沢くんとデートっぽい食事をした後『知人宅の猫の世話をするので帰ります』と伝えたところ、『絶対に送ります』と粘られてしまい、最後には私が折れたという次第だ。
「俺と、付き合って欲しいんです」
「あっ」
何度聞いても新鮮に驚くのは、もちろん言われ慣れていないからである。こちとら彼氏いない歴=年齢なのだ。って、三沢くんもそうらしいが。だから早く彼女を作ろうと焦っているみたいだが、紹介されてから会って2回目に告白するのは早過ぎないか?なんかヤケッパチ感が強いと思うのは私だけなのだろうか。
それにオウムじゃあるまいし、同じセリフを繰り返さないで欲しい。せめてどこがイイと思ったとかそういう褒めテクは磨いていないのか?
「あのう…、俺と付き合うの、イヤかな?」
「イヤとかじゃなくて、その…」
ここで突然、見慣れたその人が乱入してきた。心なしか気怠そうなその雰囲気は、逆に色気を大放出させている。
「アッちゃん、ごめん!連絡したけど繋がらなくて。俺、なんか風邪ひいたみたいで、今日はバイト休むことにしたんだ」
「風邪?やだ、壮ちゃん、大丈夫なの?」
途端に固まる三沢くん。そっか、『知人のマンション』とは言ったけど、その知人が男とは伝えてなかったな。しかもこんな見目麗しい男とは。条件反射で慌てる私に向かって三沢くんは急に口角を下げ、汚いモノでも見るかのような目をして無言のまま去って行った。
「追わなくていいのかアッちゃん」
「うん、リリースしとく」
…どうやら私が受けた人生初の告白は、無かったことにされてしまったようだ。
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