恋に、焦がれる

ももくり

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「アッちゃんはさ、恋愛に興味無いの?」

背後からそんな愚問が聞こえてくる。

 壮ちゃんの住まいはワンルームだから、私がオバチャンに餌をあげているそのスグ真後ろで彼がベッドに横たわっているのだ。

 ちなみに“オバチャン”というのは猫の名で、ムーさんに寄れば10歳なのだが、人間で換算すると56歳くらいになるから敬意を込めて私はそう呼んでいる。もちろん本当の名前も有るには有るが、“パトリシア”などという三毛猫にはおよそ似つかわしくない名前なので遠慮させていただくことにした。

「壮ちゃん、早く寝て風邪を治さないと」
「薬も飲んだけど、眠れないんだ。ちょっとだけ話そうよ」

 オバチャンはガツガツと食事を終え、満腹になったせいか睡魔に襲われたようだ。広々とした一軒家から一転、こんな狭いワンルームに移ったことが未だに慣れないらしく、というか、壮ちゃんという若いオスを妙に意識しているみたいで、妙齢の雌猫は彼がいると妙に委縮してしまうのだ。

 幾つになってもオンナだねえ、いや、イケメンは種族を超えてオンナを手懐けてしまうんだな…などと考えながら私はそっとオバチャンの背中を撫でた。

「うーん。だってさあ、恋愛をしたいと思わないんだもん」
「さっきもあの男に告白されてたじゃないか。でも明らかに逃げ腰だったよね?」

 やはり告白されたところから見られていたのか。頓珍漢な受け答えをする私を見て、壮ちゃんはどう感じたのだろうか?まあ、そんなこと、訊かなくてもだいたいの想像はつくけど。

「まだ彼氏とか要らないし」
「は?!だってアッちゃんはもう21歳だぞ。あのさ、もしかしてお母さんのことを引き摺っているのか?」

 ──私の両親は私が中学に入った年に離婚している。原因は母の浮気…いや、浮気よりもっとタチが悪い。ホストに狂って貢ぎ捲り、借金をしたせいで父に捨てられしまったのである。

 母はもともと紡績会社の社長令嬢で、生まれた時から大豪邸に住み、大勢の使用人に囲まれていた生粋のお嬢様だった。父はその使用人の女性の息子で、しかも片親だったせいでその結婚は猛反対に遭ったらしい。それを母が計画的に妊娠し、強引に押し進めたのだと。もちろん結婚後は家事も育児もほとんど姑に任せっきりで、のほほんと暮らす毎日だったワケだが。

 ほどなくして不況の波に流され、紡績会社は倒産。それとは逆に、父が興した不動産会社は営業利益を順調に伸ばして全国展開となるほどの好成績を上げた。時代は移り変わっていくのに、母だけがそれに気づかない。…それも仕方の無いことなのだ、幼い頃からそう育てられてしまったのだから。

 母にとっての不幸は、愛情はいつか冷めるということを知らなかったこと。あれほど熱烈に自分を愛したはずの父は、いつしか仕事にのめり込み帰宅することも殆ど無くなった。加えて姑が心筋梗塞で亡くなってしまい、家事をする人間もいなくなってしまったのである。しかし母は嘆くどころか喜んだ。『家計を自分が管理出来る!』そう言って遊び歩くようになり、最終的にはホストと駆け落ちして持ち金が無くなると呆気なく捨てられて戻って来る。

 『放っておいた自分も悪い』そう言って再構築を選んだ父だったが、凝りもせず母はバーの雇われマスターに心を奪われて、再び金銭を貢ぐ。そのお金が他ならぬ私たちの為の保険や預金だったため、父は離婚を決断。実家にも頼れなかった母は、兄と2人で出て行った。その後、兄は本当に苦労をしたと思う。母の代わりに家事をし、次から次へと男に騙される母のために親戚に頭を下げて借金を返し、その親戚への返済のためにバイトを掛け持ちしていたのだから。

 そんな経緯を知っている壮ちゃんは、小さくコンコンと咳をしながら私に向かって続けるのだ。

「…あのさあ、アッちゃんとこのお母さん、最初はアッちゃんを連れて出て行く予定だったんだよ」
「私を?」

「だって志季しきは跡取りだし、オジさんが手放すワケ無いよ。それをアイツ、妹可愛さに自分が一緒に行くと志願したんだ。…どうしてだと思う?」
「どうして?」

 悩んでみるが分からない。

「家事をしないことも、借金だらけになって生活が苦しくなることも、志季には分かっていたんだよ。そんな苦労を妹にはさせられないって。それに、あの母親を放置しておくと、もしかして犯罪に巻き込まれて新聞に名前が載ってしまうかもと」
「そ、そこまで…」

 しかし、残念ながらあの母だったら考えられる。

「志季は男だからどうにか切り抜けられるけど、アッちゃんは女だからね。キミは一応、大手不動産会社の社長令嬢だし、それなりに良い縁談話が舞い込むはずだ。それがあの母親のせいで破談になったりすることも有り得るからって。世の中、そういうことを気にする家は多いだろう?」
「…お兄ちゃんが、そんなことを考えてたなんて知らなかった」

 優しく目を細めて、壮ちゃんは微笑む。

「な?志季はアッちゃんがどんな男でも選べるようにって、わざと茨の道を選んだんだぞ。その男気が報われないと可哀想だと思わないかい?」
「う…ん、はい」

 どうやら壮ちゃんはコレを伝えたかったらしい。

 とにかく逃げないで恋愛をしろよ、と。

 
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