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甘すぎない生活~武内杏奈さんの場合~
しおりを挟む「えっ、あの石本くんですか?」
「あー、うん、そう」
質問したのは私こと武内杏奈で、
返事をしたのは先輩の佐和さんだ。
佐和さんは姉の親友でもある。
ちなみに姉は社外の人間だが、私は佐和さんと同じ会社に勤めているのだ。その彼女が同じ部署の後輩から『女のコを紹介して欲しい』と言われたそうで。しかし残念ながら今年30歳の彼女の周辺には24歳の後輩に相応しい人材がいなかったため、仕方なくそれほど親しくもない25歳の私に声を掛けてみたということらしい。
いやあ、佐和さんってば何でもぶっちゃけ過ぎ。
「ごめん、話せば長いことながら、私の元カレって取引先の人間でね。その人がミーティングルームで私に復縁を迫ってきたところを婚約者に見られちゃって」
「婚約者って、沢野さんですよね?」
「うん、そう。で、きちんと断ったんだけど嫉妬に燃えた沢野から、昼休みだったということもあってその場で求められちゃったのね」
「求められるとは?」
「えっと…、ぐ、…ほら、オフィスでくんずほぐれつ…。アンアン言うアレよ!」
「ぅえええっ?!そんなAVみたいな展開、実際に有るんですか?!」
一応、佐和さんにも羞恥心というものが有るらしく、伏目がちになったままで答えてくれる。
「えーっと、…うん。ごめん、神聖なオフィスでとにかくしちゃったのね。それをその後輩に知られちゃって。いや、知られたというか沢野がその後輩に私と元カレの動向を監視しろと命じていたらしくて、復縁を迫られていることを沢野に報告して、その後どうなったか様子を確認しようとしたら、ミーティングルームに鍵が掛かってて、中からアンアン言う声が聞こえたって」
「う…わあ、それはどちらもお気の毒に」
この時点で私は、その後輩に激しく同情していたのだが、後に続けられた言葉を聞きひたすら呆れた。
「それがさあ、その後輩、メチャクチャ興奮したんだって。普通にホテルや自分の部屋なんかでするノーマルなセックスよりも、オフィスでするという背徳感が最高のスパイスに!とか騒ぎ出して」
「は?その後輩の頭、大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないかも。でね、ウチの会社、セキュリティとか結構厳しくて社外の人間はそう簡単に入れないでしょ?だから社内の女性と恋愛して、どうにかオフィスでセックスしたいんだって」
「あぐー」
ごめんなさい、呆れすぎて顎が外れました。
「でもほら、カラダ目当てでは無いからッ。一応恋愛して、そこからオフィスエッチを目論んでるの」
「『一応』ってなんですか、『一応』って」
「あらやだ揚げ足取り?そういうところはお姉さんにソックリねえ」
「いや、いま姉のことは関係無いですし。ていうかそのバカな後輩の名前を教えてくださいよッ」
いしもとくん
いしも…
いし…
(※脳内ひとりエコー)
「だ、大丈夫?!杏奈ちゃん、しっかりしてッ」
「ハッ、だ、大丈夫ですッ」
だってっ、あの石本静流だよっ?!
誰もが憧れるキラキラ王子!!
私、ウォーリーを探せの中に石本くんが紛れ込んでいたら1秒で探せる自信あるしッ。そんで20人構成の男性アイドルユニットの中に彼が飛び入りで参加したら、絶対この手でセンターに引っ張り出してみせるしッ。とにかくあの見目麗しい容姿にふわふわの髪、全身から滲み出るセンスの良さ!!あんなに素敵なのに彼女がいないの??いや、社内にはいないだけで社外にはいるってこと??
ああ、でも。
このチャンスを逃すなんて私には出来ない…。
「へっ?なに挙手してんの?杏奈ちゃん、それいったいどういう…」
「私で良ければ喜んで」
「え?」
「え?」
なぜ会話が噛み合わない。薦められたからハイと返事をしただけなのに。どうなってんだ、この人。
「石本くんと、オフィスエッチ…じゃなくて、付き合ってもいいってことなの?」
「はい」
……
「でさあ、今日も佐和さんに『喋り過ぎ』って叱られちゃってさ~。あの人もうすぐ新婚旅行で長期不在になるじゃん。そしたら日中は話し相手がいなくて寂しくなるからその分、夜は杏奈が相手してくれよ。あはは、大丈夫、そういう性的な相手じゃないから!話だけ聞いてくれればOKだから!」
「はいはい、分かったよ」
おかしい。
並々ならぬ覚悟で紹介して貰ったにも関わらず、かれこれ1カ月が経過するというのに石本くんは私に指一本触れて来ない。ただただ喋りまくって終わってしまうのである。
好みのタイプじゃなかったということか?
だったらどうして毎晩会おうと言うのか?
分からないわー、ほんと理解に苦しむわー。
…と悩みまくっていたその晩、いきなりの急展開。
「ええっ、あの、石本くん?」
「えーっ、俺とじゃイヤ?」
ラブホの前で揉めるなんて、私も不本意なのだけれども。しかし、この人メチャメチャ泥酔状態で。
「イヤとかじゃなくて、そんなに酔っぱらってたら…その…」
「大丈夫!勃つし!っていうかもう半勃ちだしッ」
「声、大きいよ。次じゃダメ?まだそういう感じじゃないよね、私たち」
「嘘!もうそういう感じだよ、俺たち」
ああ言えばこう言う。
必死の抵抗も虚しく、勢いに負けたというか。だって抱き着いてきて、頭スリスリとか己の魅力を有効活用しまくるんだもん。結局チェックインしてベッドの上で鎮座する私。その隣にダイブするみたいにして石本くんは横たわる。
「なんかアナタ、いつでも幸せそうだよね」
「あはは、襲っちゃうぞ、ガオ~ッ」
『はいどうぞ』と仰向けになると恐ろしく手慣れた感じで服を脱がされ…そのまま彼はスヤスヤと寝息を立て始める。
「あーあ、何もしないまま寝ちゃったよ」
「…んご」
イビキ、かわいいな。
そう思って見つめていると、その口から予想外の人物の名が飛び出す。
「さ…わさん…」
聞いてしまったものは、消せない。
そっか、そういうことか。なるほどな…とか呟きながら私は、いつの間にか眠ってしまったようだ。
--END--
※この続編は明日投稿します。
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