ヴェロニカの結婚

ももくり

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~回想~ ツィタライエンの森で・1

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 10年前。


 

「さあ、ヴェロニカ!自由に水を降らせなさい」
「はい、お父様」

 キラキラと空中を細かい水の粒が舞う。こんな晴れた日だというのに、辺り一面真っ暗なのは鬱蒼とした森の中央に立っているからで、足元がカサカサ鳴るのは落ち葉を踏んでいるせいだろう。

 デュアマルク王国の国樹ツィタライエン。

 それは古くから平和の象徴として愛されている常緑樹で、乾燥させたその葉は香辛料として使われ、防虫効果も高い。真っ白な花は小ぶりだが枝一杯に付くため、満開になるとその風景は壮観だ。



 物心がつくまで私は、キッシンジャー家の秘密を知らなかった。

 いま思えば、『もしかして1人くらい力を持たない子孫が存在するかもしれない』という両親の優しさ故に教えなかったのだろう。とは言え私には兄が2人おり、次兄であるジェレミーがいつもその力を披露してくれていたお陰で、実際に自身の力が目覚めた時は然程驚かなかったのだが。

 次兄が保有する力は、植物の成長促進である。

「見てろよ、ヴェラ。この種を一瞬で花咲かせて見せるから!」
「ええっ、ジェレミーお兄様すごーい!」

 目の前で小さな種が芽吹き、葉を繁らせ、どんどん育って最終的には花を咲かせる。それはまるで魔法の様でも有り、ごく普通のことの様にも思えた。

 次兄の力は徐々に強度を増し、庭園に植えてあった薔薇を一斉に咲かせてみたり、農地を借りて短期間で野菜を収穫したりと試行錯誤を繰り返していたが、最終的にその興味は森へと移っていく。

 というのもその前年、台風が立て続けに3つも来襲し、我が家の裏側に位置していた森が壊滅状態だったのである。『もしまた台風が訪れれば、被害は建物にまで及ぶかもしれない』と父が嘆くのを、偶然耳にしてしまったのだ。

「よおし、この森に植えた苗木を全部成長させるぞ!」
「そんなことが出来るの?」

 力を使い始めてから1年近く経過したとは言え、それはかなり広範囲だ。

 楽天家の次兄はニンマリと微笑みながら目を瞑り、いつもの如く高らかに右手を伸ばす。だが、結果は思い描いていたものとは大きく異なり、苗木は然程成長しなかった。

「あれえ?おかしいな…余り変わってないぞ」
「森の苗木を全部だなんて、やっぱり無理なのよ」

 しかし、次兄は諦めない。日課であるかの如く森へと通い続け、その一カ月後に答えを導き出す。

「そっか、水だ!苗木を一斉に成長させるには水を与えなければダメなんだ!」
「でも、大量の水をどうやって運ぶの?」

 『うーん』と唸りながら悩む次兄の姿を眺めているうち、不思議と自分にならば出来そうな気がしていた。イメージしたのは、近くの湖から透明な手が水を掬い上げる光景だ。そして、その巨大な手を森の真上で解放するまでが一区切りとなる。

 大丈夫、たぶん…いや、絶対に出来るはず。
 何故なら水は私の味方だから。

 
 ポトン…ポトポト…。

 
 雨にも似た水滴が、森の入り口付近にいた私と次兄を濡らし始める。

「なんだコレ!森の外は晴れているのにどうしてココだけ雨が?うわっ、冷たい、いったいどうなってるんだ」
「ご、ごめんなさいお兄様」

 気付けばいつの間にか謝罪していた。

 良かれと思ってしたことだったが、言われてみれば自分たちのいる場所を避けることも可能だったはずと考えたからだ。

「何を謝って…、まさかヴェラ、お前…とうとう力が目覚めたのか?!」
「力って何?」

「いいから、もう一度!出来るだろう?この森に水を降らせてみろ」
「え…ええ、分かったわ。やってみるわね」

 再び透明な手を思い浮かべ、湖から水を掬って森の上でその手を解放する。

 ポトン…ポトポト…。

 今度は先程よりも上手に、自分たちを避けて水を撒くことが出来た。

「あはは、凄いぞヴェラ!お前、空から水を降らすことが出来るのか?」
「きゃあ、お兄様、苦しいからそんなに強く抱き締めないで」 






 こうして私は6歳でその力を開花させ、各地に点在するツィタライエンの森へ派遣されることとなる。何故ならツィタライエンの木は、一定の湿度が保たれないと葉同士が擦れ合って発火し、山火事を起こしてしまうからだ。そのことが判明したのはつい最近のことで、だからと言って国樹を全て伐採することは難しく、部分的に伐採すれば山崩れの原因にもなる為、私が重宝され始めたらしい。
 



 ──ザアアアアッ。

 細やかな水滴が葉に打ち付けられる音があちこちで響いている。元々ツィタライエンの木には保水力が有るらしく、一度こうして水分を与えれば1カ月程度は山火事を防ぐことが出来るのだそうだ。直に冬が訪れ、湿気も落ち着くことだろう。心配なのは日照りが続く夏季だけだ。

「やあ、きみがヴェロニカかい?」
「……」

 そんな夏のある日。

 背後からの声に振り返ると、そこには1人の少年が立っていた。

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