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束の間の抱擁
しおりを挟む一旦離れたかと思うと、ケヴィンが支柱に設置されていたオイルランプを灯し、その傍で互いの表情を確認し合う。
「はァ…、久々だと言うのに、こんな場所でしか会えないなんてな…」
「だけど私は、こうして顔が見れただけでも嬉しいわ」
そう答えながら、知らず知らずのうちに泣いていたのだろう。その雫をそっと親指で拭きながらケヴィンは耳元で囁く。
「俺がヴェロニカの泣き顔に弱いことを知っているくせに。お願いだから泣き止んでくれ、このままだと我慢が出来なくなる」
「真面目で堅物の騎士様が、こんなことを言うなんて誰も知らないでしょうね」
「俺はヴェロニカの前でだけ正体を現すからな」
「涼しい顔で何でもやり遂げるけど、実は負けず嫌いで心配症。そして意外と見栄っ張りよね」
「そう、その通りだ。狭量な男なんだよ、俺は」
「ふっ、認めてしまうところが憎めないのよ」
「憎むどころか愛してくれているのだろう?」
「ええ、もちろん」
強く抱き締められたかと思うと、そのまま唇を奪われる。このまま離してくれないのではないかと思うほど長く官能的なそのキスは、誰かが廊下を歩く足音で漸く終わりを告げた。
「…ごめん、時間が無いのに」
「え、ああ、大丈夫よ」
照れ隠しの為に身なりを整えていると、何故かまたキスをされる。
「あー、くそっ、名残惜しいな。なんでこんなに可愛いんだッ」
「そう言われましても…」
話したいことはたくさん有ったはずなのに、いざとなると全てどうでもいい事に思えてくるから不思議だ。ひたすらモジモジと俯く私に向けてケヴィンは、アンドリューについて語り出す。
「兄の俺が言うのも何だが、アンドリューはとにかく執着が凄いんだ。幼い頃に母を亡くし、父はいないも同然の暮らしだったからな」
「ええ、その話はレイモンドから聞いているわ」
「そうか、ならば話を先に進めよう。孤独だった幼いアンドリューにとって、乳母と俺だけが頼みの綱と言うか。まあ、人並み外れて内向的な性格だったせいもあって、他の人間には全然懐かなかったんだよ」
「まあ…2人だけ…」
ケヴィンの説明は続く。
多忙な父に代わって長男であるケヴィンも、領主関連の仕事で外出することが増え。この人は弟の孤独を紛らわそうと、その日の出来事をなるべく話してあげていたそうだ。中でも妖精の様に美しく、水を降らせることの出来る少女の話は一番のお気に入りで、『自分も会いたい』とよく強請られたのだと。
しかし、なかなか少女には会えない。痺れを切らしたアンドリューは乳母にせがんで森へと赴き、遠く離れた場所からその姿を盗み見ることに成功したらしい。
「後で聞いて驚いたよ、そんなに会いたかったのかとね。当時の俺はヴェロニカとの時間が何よりも貴重で、それを誰にも邪魔されたくなかったんだ。…で、あいつは乳母からキミが俺の想い人かもしれないと教えられ、それを切欠にヴェロニカのことを好きになってしまったのかもしれない」
「アンドリューが、わっ、私を??」
いやいやいや、だって、顔合わせ以来ずっと疎まれていましたけど。
「あいつは森で見た妖精みたいな少女とヴェロニカが、同一人物だと知らなかったんじゃないかな」
「ふえっ?!」
間抜けな声が出てしまったのは許して欲しい。
でもだって、『お前が水を降らせなかったせいで森が全焼した』とか言って私を詰っていたのに?キッシンジャー家で水を降らせることが出来るのは私だけだし、自分で言うのも烏滸がましいけど、妖精みたいな少女と私が全然結びつかなかったということ?
「キッシンジャー家の能力は、水を降らせること以外に無いと思っていたらしくてな。…その、妖精みたいな少女はヴェロニカの従姉妹とか、どっかその辺りの…とにかく別人だと思っていたのだと。それが、先日レイモンドによって素顔を明かされたことで、歓喜に打ち震えたらしい」
「かっ、歓喜って…」
>やっと見つけた。
後日、アンドリューは兄に向かってそう告白し、キラキラと瞳を輝かせていたそうだ。
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