ヴェロニカの結婚

ももくり

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アンドリューと花束

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「でも、あの、私にはケヴィンが…」
「ああ、でも残念ながら現在キミはアンドリューの婚約者だ。それに俺も…」

 波打つ心臓をそっと右手で押さえながら、その先に続く言葉を待つ。

「貴方にも?」
「すまない、知っているかもしれないが…以前から婚約を打診されていて、とうとうそれを受けることになってしまった」

 耳の傍に心臓が移動したかと思うほど、ドクドクと心音が鳴り響いている。

「お相手は…どなたなの?」
「……だ」

 しっかり聞き取れていたはずなのに、敢えてそれを聞き直す。

「…どなたですって?」
「アデラ王女だよ、ガルツィ王国の姫君だ」

 驚き過ぎて、声が出なかった。それから、全てが整合した気がして乾いた笑みを浮かべてしまう。

「そういう…ことだったの。貴方が私と婚約出来なかったのは、レイモンドの護衛を任されたせいでは無くて、アデラ王女との婚約話が出ていたからなのね?」
「…ああ、その通りだ。隣国の覇王は一人娘のアデラ王女を溺愛していて、彼女の願いは何でも叶えてしまうらしい。俺は父の外交に同行した際、暴漢に襲われそうになった王女を助けたことで気に入られてしまったというワケだ」

 ──強国の王女との婚約。

 それがどういう意味を持つかは、私にも分かる。家同士どころか国同士の繋がりを意味し、一度結ばれたその約束が容易く破られることは無いのだ。

「父が国王陛下と親友だったお陰で、暫く婚約を引き延ばすことは出来たが、それももう難しくなってしまったんだ。…すまない、ヴェロニカ」
「謝らないで、それは…仕方ないことだから…」

 このままでは私とケヴィンの未来が交わることは無い様な気がして、続ける言葉を吟味しているうちに黙り込んでしまう。

「大丈夫だよ、ヴェロニカ。今は明かせないが、全ては順調に進んでいるから」
「えっ、順調に?」

「だから、とにかく躱すんだ」
「躱すって、いったい何を?」

 トントン

 ノックの音がこの逢瀬の終わりを告げる。少し慌てた様子で私を元のウェイティングルームに戻しながら、ケヴィンが耳元で答えをくれた。

「アンドリューだよ、これから我が弟はキミに狂おしいまでの執着を見せるはずだ。それをヒラリヒラリと躱し続けてくれ」
「アンドリューが、私に…」


 執着なんてするワケない。


 ケヴィンの忠告を半信半疑で聞いていた私だったが、ウェイティングルームの内側から扉を開けた私は、思わず目を見開く。何故ならそこにいたのは、両手一杯に赤い薔薇の花束を抱えているアンドリューだったからだ。

「待たせてしまってゴメン。庭師に花を切らせていたら意外と時間が掛かって」
「いえ、あの、まさかこの薔薇を私に?」

「ああ、婚約者殿に相応しい贈り物をしたくてね」
「…有難う、とっても綺麗だわ」

 花束を差し出しながらはにかむアンドリューは、まるで乙女のように愛くるしい。今まで威嚇してきたシャム猫が、突然懐いてくれた様な不思議な感覚に、私はただただ戸惑うばかりだ。

「エミリーとのことを説明させて欲しい。彼女から一方的に好意を寄せられ、面倒で放置していたところ勝手に相思相愛の仲だと宣言されてしまっただけで、俺の方に全く気持ちは無い」
「そう…なの?」

「ああ、そうなんだ」
「……」

 でも、エミリーが私を虐めるのを止めなかったのは…まさかそれも面倒だったから?仮にも婚約者なんだし、少しは助けてくれても良かったのでは…。

「ごめん」
「えっ?」

「全部、俺が悪い。好きでも無い女と婚約させられたことで自暴自棄になり、エミリーの悪行を傍観してしまった。だけど、本当は好きな女と婚約していたことが分かったから、これからは全身全霊でキミを守り抜くと誓おう!」
「でも、あの、私を…好き?!いったいどこを、どんな風に…」

「俺は世界で一番、兄上を尊敬し、信頼もしている。その兄上が好きになった相手ならば、ヴェロニカ・キッシンジャーは世界で一番素晴らしい女性のはずだ!!」
「ええっ」

 そんな理由??
 それってケヴィンが好きなだけでは…。

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