ヴェロニカの結婚

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ローランド家の晩餐

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 ローランド家の晩餐は、賑やかだった。

 『外交の雄』と呼ばれていただけあって、兄弟の父親であるアラン公爵は話題が豊富で、且つ、こちらから話を引き出すことにも長けていた。我が国の情勢や、領内の荒地を如何にして開墾すべきかという硬い話から始まり、今は貴族女性の間で流行している盛り髪のせいで発生した火事について、面白可笑しく語られている最中だ。

「まったく、何が楽しくて自らあんな滑稽な姿になることを選ぶのだろうな?顔の2倍もの高さに髪を盛って、その上に葉っぱや鳥の羽根を挿しておるのだぞ。あれでは馬車に乗るのも一苦労だろうし、挙句の果てにシャンデリアの蝋燭の火が燃え移り、火事になってしまった婦人もいるのだと。ここまでくれば、バカバカしくて笑うしかないではないか」
「…父上、美しくなりたいという女性の願いをそんな風に嘲笑うと、世界中の女性を敵に回すことになってしまいますよ」

 窘める様なケヴィンの言葉に、アラン公爵は私を一瞥した後でバツが悪そうにこう続けた。

「私は別に女性蔑視しているつもりでは無いのだ」
「それは勿論ですが、聞くところに寄れば肌を白く見せる為に瀉血や絶食で人為的に貧血となっているご婦人もいらっしゃるのだとか。そうまでして女性は美しくあろうとする可愛い生き物なのですよ…なあ、ヴェロニカ?」
「なっ、兄上!その辺の女性達と一緒にしないでください!ヴェロニカは手を加えずとも十分に美しいのですから!」

 アンドリューが突然そう叫んだことで微妙な空気が漂ったが、正面に座っている彼はそんなことはお構い無しで私に向かって話し続ける。

「今日は前髪で顔を隠さずに来てくれたんだな。なあ、これからずっとそうしてくれないだろうか?」
「えっ、それは…顔を晒して生活しろという意味ですか?」

「ああ、そうだ。キミがこれほど美しいことを知らないせいで、エミリーの様な人間が幅を利かせてしまうんだ。俺の婚約者に相応しい人間であることを周囲に知らしめれば、言い寄る者たちも確実に減るだろう?とにかく俺は、あの女共が死ぬほど苦手で、出来れば口も利きたく無いんだ」
「う…、あの、それは…」

 思わずケヴィンに伺いを立てようとすると、私の視線を感じたその人はゆっくり首を左右に振った。

 やはりそうか。

 では、なんとか断ろう…そう決心して口を開こうとしたその瞬間、アラン公爵が会話に割り入ってきた。

「ヴェロニカ嬢、キミはいつも顔を隠しているのかい?」
「はい、あまり目立ちたくない…ので…」

「あはは、何を弱気な。我がローランド家に嫁ぐのだぞ?この先、アンドリューがこの公爵家を継ぐことを考えれば、人付き合いが苦手な夫を助ける意味でも、キミは社交的になってもらわねばならない。…実は、長男であるケヴィンが他家に婿入りする予定なのだよ」
「婿入り…ですか」

 多分、現時点では隣国の王女との婚約が公に出来ないのだろう。

「とにかく、我が公爵家を繁栄させるという意味でも、今から人間関係は密にしておきなさい。貴族学院なんて、将来有望な子息令嬢の集まりで人材の宝庫だぞ?社交界では培えない繋がりを持つ好機ではないか」
「はい、…努力致します」

 恐る恐るケヴィンの方を見ると、とても苦々しい顔をしていたが、父親が相手では従うしかないと観念したらしい。






 ──そして数日後。

 私はアラン公爵からの言い付けどおりに、有りのままの姿で学院へと向かったのである。

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