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とある伯爵令嬢の呟き
しおりを挟む※今回は第三者目線です。
「えっ、何これ…」
いつもの如く向かった教室で、重厚な扉を開けると人壁が出来ていた。
「おはよう、シシリー」
「おはよう、マリアン。…これはいったい何が起きているの?」
教室内にはパイプオルガンの如くどっしりとした机が4列に並び、廊下側2列が女性専用、窓側2列が男性専用という暗黙のルールが定められている。しかし、誰がどの席に座るのかは決まっていない為、騒ぎの中心人物をその位置から推測することは難しいのだ。
だからと言ってゴシップ好きのこの私がこのまま大人しくしていられるワケも無く。淑女らしからぬ行動とは知りつつも、颯爽と人混みに割り込む。
「ちょっとシシリー、大丈夫なの?!」
「ええ、全然平気よ!!」
スタマッカーの辺りを誰かの肘が直撃し、『げふっ』と声を上げそうになったが必死で堪えながら更に前へと進む。私は5人兄妹の末っ子で、ヤンチャな4人の兄達に揉まれて育っているのだ。ちょっとやそっとの困難では挫けたりしない。
「…なんだ、太陽の君じゃないの」
思わずそう呟いてしまったのは、そこに美貌の貴公子として名高いアンドリュー・ローランドが佇んでいたからだ。
麦秋を思わせるような活き活きとした黄金色の髪、瑞々しくさえ見える碧い瞳。これほど生命力に溢れた容姿に反して、その内面は吃驚するほど無気力だ。いつもゾロゾロと取巻きを引き連れているが、特に言葉を発することも無く、ただただ笑顔を貼り付けボーッとしているだけ。
それを『素敵』という女生徒たちの何と多いことか。その黄色い声を耳にするたび私は『どこが?』と問い返したくなる。
幾ら綺麗でも、あれではまるで人形だ。
ついでに言うと婚約者がいるにも関わらず、彼女とやらを作り、その彼女が婚約者を虐めているのを看過しているのも気に入らない。…いや、別に私ごときがそんなことを言える立場でも無いのだが。
へえ、今日は珍しく本気の笑顔だわ。
って、誰だろう?
彼の前に座っているあの女性は…。
エミリーでは無いわよね?だって彼女は聞くところに寄ると、隣国の王族に無礼を働いた不敬罪とやらで1カ月の謹慎処分を受けているはずだから。ああ、噂をすればそのレイモンドがやって来た。ふうん、あの謎の女性に真っ先に挨拶したということは、顔見知りどころか相当仲が良いのかな?…情報を得るため聞き耳を立てると、周囲の人々が揃いも揃って同じ様なことを言う。
>なんて美しい!
>天使が舞い降りたのかと思った。
──天使とは大仰な。
こう見えて私もなかなかの審美眼も持っていますから。
顔が広くてしかも遊び人の兄達のお陰で、美しいと評判の女性とはほぼ親交を深めているはずなのだ。とは言え、座っている後ろ姿だけではどこの誰か判別出来るはずも無く。恐る恐るその顔が見える位置まで移動すると、そこにいたのは…。
「本当だ、天使がいる」
凛とした雰囲気を漂わせながらも、そのアメジスト色の瞳は濡れるように煌めき、眉から鼻までの流れるようなラインは最早、芸術だ。ぽってりと官能的なその唇を軽く尖らせているのは、多分レイモンドに何か言われて拗ねた振りをしているのだろうが、そんな表情すらも愛くるしい。
「あっ、シシリーじゃないか」
「えっ?ああ、おはよう、ウィリアム」
こちらが挨拶していると言うのに、自称モテ男のウィリアムは視線を彼女から外すことなく私に質問してきた。
「あの子の名前を知ってるか?もしかしてアンドリューの新恋人なのかな?」
「そっ、そんなの知らないわよ、私も初めて見た人だわ。もしかして編入生かも」
「まあ、あの陰気な婚約者に比べれば、どんな女でも美しく見えるだろうがな。それにしても今度は随分と綺麗な令嬢を連れて来たものだ。さすがローランド公爵家の後継者だけある」
「そういう厭らしい言い方しか出来ないの?逆に哀れよ」
うるせえ、本当のことを言って何が悪い、黙れ、黙らない…まるで子供の様な言い争いを繰り広げていたその時。アンドリューが謎の女性の黒髪をひと房だけ手に取って愛おしそうに名前を零した。
「ヴェロニカ、ああ、ヴェロニカ…」
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