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~回想~ 執事ロバートの告白・2
しおりを挟む『呪術師』と聞くと禍々しい老女を想像してしまうが、実際のペイジはそうでは無い。どちらかと言うと親しみ易くて平凡な中年女性だった。
キッシンジャー家の当主と末娘、そして執事である私の3人を前にしてペイジは説明を始める。
記憶というものは一冊の本に似ているのだと。
大抵の人は何かを思い出そうとする際、記憶の詰まった本棚の前で立ち止まる。その背表紙に記載されている表題を見て概要を思い出す人もいれば、実際にその本を手に取り、再読することで全てを詳らかにする人もいるのだそうだ。
「私が出来るのは、先ほどの例えだと『表題』をすり替えるだけで…中身と言うか本文の方はそのままなんですよ。人の身体ってのは案外繊細で、ムリヤリ記憶を捻じ曲げればどこかで不都合が発生する。だから何度も記憶を弄ることは出来ないということを、必ず念頭に入れておいてください」
コクリと頷く我らを、視線を動かしながら確認したペイジは柔らかく微笑みながら続ける。
「私が今から行なうのは、かなり時間を要する作業でして。とにかくそのお嬢様の悲しみを取り除けとのことなので、このくらいの分厚い本になっているはずの初恋相手に関する記憶を、細かく分冊して、その表題を全部、現在の婚約者の名前にすり替えていくというものなんです」
…それは、キッシンジャー家の末娘が眠っている間に少しずつ行なわれた。
最初は激しく抵抗していた彼女も、
一縷の望みに賭けて承諾したようだ。
末娘はこう考えたらしい。
幾ら表題をすり替えようとも、本文はそのままだ。それはつまり、真実の相手に再会した時にその記憶は必ず蘇るに違いない…と。
ほどなくして、末娘の初恋相手はレイモンド・ラングストンであるという記憶が植え付けられ、婚約者同士の2人が仲睦まじく歩く姿がよく見られる様になった。
しかし、その数か月後に事件は起きる。
レイモンドの父であるリチャード・ラングストンがキッシンジャー家の末娘を監禁し、その能力を私物化しようとしたのである。陰で隣国の謀略が絡んでいたことは明白だったが、それを公に出来ないままラングストン家の爵位は剥奪され、同時に末娘の婚約破棄も決定した。
そして事態は更に複雑化していく。
暫くの間は婚約者を空席のままとしておけば良いものを、ローランド家が国王陛下に陳情を願い出たことに寄り、新たに婚約を結ぶこととなったのだ。
ローランド家の子息は2人いたが王命では特に指定されておらず、とある事情により長男との婚約に違いないと思い込んだキッシンジャー家の当主は、再び呪術師を呼び出す。
>一度限りと言う約束だったではないですか!
ペイジの激しい抵抗を何とか宥め、
末娘はまたしても記憶を改竄されてしまう。
「レイモンド・ラングストンから、ケヴィン・ローランドにすり替えてくれ。…そして今回はそのことを娘に伝えないでおく」
父としてのこの英断を誰も止めることは出来ず、暫くして今度はケヴィンと仲睦まじく歩く末娘の姿がたびたび目撃されることとなる。
…そう、キッシンジャー家の当主も、
ローランド家の人々も本当は知っていたのだ。
ヴェロニカ・キッシンジャーの真の初恋相手が、
アンドリュー・ローランドだと。
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