ヴェロニカの結婚

ももくり

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~回想~ ローランド家の不整合・2

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 ※引き続き、ケヴィンの告白です。
 
 


「忙しいところを、時間を割いて頂き申し訳ない」
「いいえ、どうぞ頭をお上げください」

 確かに爵位は我がローランド家の方が上だ。それでも親子ほど歳の離れた若造に対して、こんな風に礼節をもって接することが出来る人間は稀である。

 温かく慈愛に満ちた瞳をこちらに向けながら、その人はいきなり本題に入った。

「我が娘と婚約するのは、貴方なのでしょうか?」
「…は?」

 どういう意味だ?

 婚約話を知っているということは、
 既に王命が下ったということだろう。

 なのに詳細を知らされていないのか?

「あ、いえ、そうでは無いのです。ローランド家のご子息であることは知っているのですが、兄弟のうちのどちらなのかが不明でして。…その、一刻も早くハッキリさせたいものですから」
「そうでしたか、ですが残念ながら分かりません」

 通常、王命の書簡は当主宛だが、多忙な父が本邸に戻るのは月に1回程度だ。それを確認してから漸く騎士団の寮住まいである私に知らせが届くため、非常に時間が掛かる旨を説明すると、浮かべていたその微笑みが凍り付く。

 ──参謀としての私の仕事は山積みで、
 本音を言えばこうしている時間すらも惜しい。

 だが、この婚約に騎士団の派閥争いが絡んでいるのだとすれば、目の前にいるこの人から打開策を見出せるかもしれない。

 そう考えた私は腰を据えて話し合うことを決め、この面会室から自分たち以外を人払いした。それから険しい表情のその人の前に椅子を移動させて座り、ゆっくりと問い掛ける。

「もしかして私を訪ねて来られたのは、キッシンジャー家の令嬢が…密かに毒殺されているという話と関連が有りますか?」
「えっ」

「実は、あの…私の上司であるスタン本部長のご友人が、キッシンジャー家の令嬢と結婚したところ、色々あって…その令嬢が悲劇的な最期を遂げたと聞いたものですから」
「あ…あ、スタン本部長のご友人であればダグラス伯爵でしょうね。ええ、そうです、あちらに嫁いだのは私の姪でして。他に愛する男性がいたのに、無理矢理その仲を引き裂かれたのです。駆け落ちまでしたところを連れ戻され、まあ、顛末はご存知の通りですよ」

 なるほど、だから自分の娘だけは守りたいと。

 実年齢よりも若く見える端正な顔立ちを見つめながら、漸く私は覚悟を決めて話し出す。…騎士団の実情と、この婚約が私の失脚を狙った可能性も有ることを。
 
 こちらの秘密を明かしたのだから、相手もきっと自分のことを包み隠さず教えてくれるに違いないと考えたのだが、案の定、この作戦は功を奏し。私はヴェロニカ・キッシンジャーの記憶が改竄されているという事実を知る。

「なるほど、『表題』と『本文』ですか。では記憶が蘇る可能性も残されているのですね」
「ええ。いつか貴方の弟君オトウトギミがアデラ王女から解放された際には、我が娘と結ばれるかもしれない…そんな淡い期待を密かに抱いております」

「そうでしたか。しかし、今のところ弟は隣国での滞在を引き延ばされておりまして。こちらに戻ってくるという予定は有りません」
「私もその方面に詳しい従者に調査させましたが、余り状況は芳しくないと。しかも娘のヴェロニカにはこれ以上の失態が許されないのです」

「と、仰いますと?」
「以前、1カ月近く降水させた際に最終勧告を出されておりまして。『もう一度、同じことを繰り返せば次は無い』と。それはつまり…死を意味します。だから私は一刻も早く娘の記憶を上書きせねばならぬのです。次の婚約者が貴方なのか、それとも弟君なのか。何とかして知る方法は無いでしょうか?」

「では、王家に問い合わせては如何でしょう?」
「王家に」

 首が左右に振られ、眉間に皺が刻み込まれる。

「それが一番早いと思うのですが」
「実は既に行なっておりまして、その返答は『兄弟のどちらでも良い』と。であればローランド家の当主の一存ということになるのでしょうが、その肝心の当主と連絡が取れないから困っているのです」

「うーん、袋小路ですね。こうなれば…少しだけお待ちください」
「えっ?ああ、はい」

 私は急いで面会室を飛び出し、スタン本部長の元へと走った。





「何だ、ケヴィン。お前にしては珍しく焦った顔をしやがって」
「はァ、はァ、あの、本部長、アデラ王女付きの諜報員がいたはずですよね?!」

 この時、こう思ったのだ。

 ──いっそ私が
 全ての厄介ごとを引き受けようかと。
 
 弟は早くに母を亡くし、父は多忙、兄である私も騎士団入団の為の鍛錬であまり構ってやれなかった。その寂しさのせいで、傍にいてくれた者を好きだと勘違いしてしまったのかもしれない。

 しかし、相手が悪かった。

 時限爆弾のような娘をあの繊細な弟が上手く操れるはずが無い。私は生涯、国の為に騎士団で戦うことを決めているから、家督を継ぐのは弟だ。もし、あの娘が何かをしでかせばローランド家自体が傾いてしまう。

 だったら、ここで婚約相手が兄か弟かを悩むよりも、兄だと言い切ってしまえば良いのだ。そうだ、私ならば全てに於いて上手く立ち回ってみせる。

「ああ、いるがどうした?」
「その諜報員は暗示をかけられると聞いていますが、有効となる期間は?」

「こちらの指示でどうとでも。一日のみでも可能だし、死ぬまででも可能だ」
「でしたら、ご相談があります!!」


 そして私は、素晴らしいこの思い付きを上司に向かって語り出したのだ。

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