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炎につつまれて
しおりを挟むつい先程まで私達の目を楽しませてくれていた、ツィタライエンが燃えている。白い蝶にも似た花びらが、今では赤い蛾の如き毒々しさで舞い踊り、どす黒い煙はまるで鱗粉の様だ。円状に植樹されていたツィタライエンの中央に残されていた私達は、ほぼ同時に覚醒し、最悪の事態にただただ刮目する。
「…無事か、ヴェロニカ?」
「ええ。でも、炎に囲まれてしまったみたい」
「事故に見せかけて、焼き殺すつもりだったか」
「ふっ。肝心の標的を間違えるなんて、お粗末ね」
こうしている間にも炎は迫っていて、身体が溶けそうに熱い。気丈に振る舞ってみたものの、アンドリューに握られた手が震えている。怖い、息が苦しい、誰か助けて!…そう叫びたいのに、唇が強張って言葉を発することが出来ない。
「ヴェロニカ、こんな時に言うのもなんだけど、俺さ、思い出したんだ」
「……」
何を?と訊くまでも無く、それだけで私は全てを理解した。
「大好きだよ、ヴェロニカ」
「…うっ」
「君を忘れてしまっていた俺を許してくれ」
「わっ、私も…、私の方こそ、貴方のことをッ」
私の言葉に、アンドリューは微笑みながら首を左右に振る。
「君は何も悪くない、俺は何処にいても見つけるはずだったんだ──運命の伴侶を。ずっと孤独だった。何かが足りなくて、それが遠い記憶の中で得ていたはずの大切な何かだってことは分かっていて、だから、見つけることの出来ない自分に苛立っていたんだと思う。ほんとバカだよなあ、俺。こんなすぐ傍にいただなんて」
「アンドリュー、ああ、アンドリュー…」
その胸に飛び込み、そっと顔を上げると愛おしそうな瞳に出迎えられた。
「待っていたんだ、ヴェロニカの方から思い出してくれるのを。無理に記憶を刷り込んでも、感情が置き去りにされてしまうだけだろう?だから、待っていた。最愛の人が誰なのかを思い出し、昔みたいにまた心を通じ合わせる日が来ることを」
「ごめんなさい、なかなか思い出せなくて。でも、漸く思い出したの!アンドリューが私の唯一だって。愛してるわ、愛しているのよ」
嬉しそうに目を細めたアンドリューは、私の頬に何度もキスをする。
「ははっ。この状況だから、もう先が無いかもしれないかもしれないと。それで記憶のことを言ってみたんだが…そうか、ヴェロニカもとうとう思い出してくれたのか」
「さ、先が無いなんて恐ろしいこと言わないで!大丈夫、私の力を知っているでしょう?み、水を降らせれば、この炎もきっと消せるはず」
そう言いながら、本当は自信なんて無かった。
全身はカタカタと震え、迫りくる炎のせいで心は激しく乱れている。感情を高ぶらせたまま力を使えばどうなるのかを、知らない私では無いのだ。王城を水で破壊してしまうかもしれないし、もしそうなれば、私だけでは無くキッシンジャー家全体に懲罰が下されてしまうだろう。
「無理をするな。いいんだよ、俺は。こうしてヴェロニカと一緒にいられれば何処へでも…そう、天国でだって幸せに暮らせる自信が有るんだから」
「なっ、ア、アンドリュー…。私が貴方を死なせたりしないわっ」
アンドリューから身を離し、両手を天に翳す。
熱い、とにかく熱い。
まるで全身を焼かれているかの如く肌はヒリヒリ痛んだが、とにかく集中しようと意識の奥に潜り込む。イメージするのは、海水を掬い上げてこの中庭に放水するまでの一連の流れだ。それも、いつもより大量で、尚且つ王城を避ける為に斜め上から叩きつける動きを思い浮かべた。
もし、失敗したら?私だけならまだいい。アンドリューの命を奪い、お父様やお兄様達の未来も奪うことになるだろう。
その責任の大きさにブルリと身震いする。
「ヴェロニカ?!」
「きゃああっ!!」
ザザザザッ
ドオオオオオオン
轟音が響いたかと思うと、滝の如く大量の水が頭上から降って来て──そのまま私は、気を失ってしまった。
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