ヴェロニカの結婚

ももくり

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貴賓室にて

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 幾らなんでもこの部屋で4人は厳しいだろうという話になって、私達の方が貴賓室へ移動することにした。レイモンドがずっと1人で滞在している部屋らしいのだが、とても広くて余裕で10人くらい過ごせそうだ。

「普段はもっと侍女がいるんだけどさ、今晩だけ信頼出来る2人に厳選しておいた。その方が警護もしやすいだろうし」
「…でもアンドリューをそのベッドに寝かせたら、レイモンドは何処で眠るの?」

「俺は、寝ない」
「えっ、どうして?」

「さすがに眠れないよ。自分が命を狙われる分には平気だけど、自分のせいで命を狙われている友人2人が一緒にいるんだぞ?それにまあ、一晩だけの辛抱だし。今夜が無事に終われば全て解決すると思うと、どうってことは無い」
「そっか、…ごめんね」

 謝罪の言葉を口にしたのは、レイモンドが一番の犠牲者だと思ったからだ。幼い頃、『お父様みたいな商人になりたい』と言っていた少年がまさか大国の王になってしまうとは。幾ら頼もしい側近がいるとは言え、その重責は計り知れない。

 ドア前で警護を再開したケヴィンには申し訳ないが、私とレイモンドはベッド脇にテーブルを移動させ、ティータイムを楽しむことにした。そして他愛も無い昔話に花を咲かせる。その流れでつい打ち明けてしまったのだ。──初恋の相手…いや、今でも愛しているその人が、アンドリューであることを思い出したと。

「あー、そうだろうなとは思ってた」
「嘘、本当に?」

 声を潜めたのは、ケヴィンに聞かせたくなかったからだ。こうなった今、私とケヴィンとの関係は複雑だ。幾ら記憶をすり替えられていたとは言え、一時的にでも恋人同士となっていたのだから。それにしても、あの頃の彼はいったい何を考えていたのだろうか。

 私はアンドリューとの想い出を積み重ね、深めた愛情をそのままケヴィンにスライドさせたので特に違和感は無かったが、ケヴィンは違う。何せいきなり目の前に現れた女が、自分のことを好きで好きで堪らないと迫って来るのだ。それを気味悪がらずに受け入れたケヴィンには、頭が下がる思いだ。

 いや、そうじゃない。
 どう考えてみても、不可解だ。

 何故ケヴィンはそれを妙だと感じなかったのか?もしかして、知っていた?私の記憶が改竄されていることを…いや、そもそも記憶が改竄されていることもレイモンドとの婚約時には了承したが、アンドリューの時には…。

「どうしたんだ、ヴェロニカ」
「う…ん、変だなと思って。だって、私は最終的にアンドリューと婚約したんだよ?なのにどうして私の記憶を弄る必要が有ったの?レイモンドからアンドリューに婚約相手が代わった時に、どうして私はケヴィンを好きだと思わされてしまったんだろう」

 そして婚約者になったアンドリューが、
 私の記憶を失っていたのはどうして?

 全ての謎はケヴィンが握っている気がして、私は彼を凝視する。多分、この距離ならば話が聞こえているはずだ。生真面目に己の任務を守るその人に、レイモンドが手招きした。

「ケヴィン、ちょっとこっちに来てくれないか」
「ああ」

 改めて私はケヴィンに向かって疑問を口にした。するとその表情はみるみるうちに曇っていく。

「俺の上司が、ローランド家の娘を娶った人を知っていて…それが…随分と悲惨な末路を辿っていたんだ。妻の方は感情を爆発させた末に能力が暴走し、犠牲者を出したことで秘密裡に命を断たれてしまった。それだけじゃ無い、その責任を取らされて夫の方は廃嫡となっている」
「…まあ、何てこと!」

 初めて知る事実に、指先が震えて止まらない。

「王命には、婚約相手が俺なのかアンドリューなのか指定されていなかった。だから、俺ならば上手く扱えると思ったんだ」
「上手く扱える?」

 その物言いに、思わず眉を顰めてしまう。

「ああ、キッシンジャー家の能力持ちのせいで、ローランド家が破滅することだけは避けたかったからな。それにあの時の俺はアンドリューがアデラ王女と婚約するものとばかり思っていたから」
「そんな…、それじゃあまさかアンドリューの記憶を消したのは貴方なの?」

 一時は愛しいと思っていたはずのその人が、酷く歪んで見える。

「そうだ。俺が、アンドリューの記憶を消した」
「ま…あ…、驚いたわ」

 随分と間抜けな返事になってしまったと思う。だが、他に言葉が浮かばなかったのだ。

「すまない、心から詫びるよ」
「わ、私、もう能力は無くなったの!アンドリューを助けたくて使い切ってしまったから」

「…知ってるよ」
「だから、アンドリューとの結婚を許してくれる?いいえ、許してくれなくても、するわ。私はアンドリューとしか結婚したくない」

 ケヴィンの顔が悲しそうに見えるのは、気のせいだろうか。彼は暫く私をジッと見つめてから静かに頷いた。

「兄として祝福するよ。どうか幸せになってくれ」

 だから私は『ありがとう』とだけ短く答え、それを聞いたケヴィンはすぐに元居た場所へと戻ってしまった。
 
 
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