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ずっとこの恋が続きますように
しおりを挟むもしかして彩さんは、本当に廣瀬さんのことが好きだったのかもしれない。
けれど恋愛とは同レベルの男女がくっつけば安泰というものでは無く、結局のところ大事なのは“相性”なのだ。…いや、こう言っちゃナンですけどね、廣瀬さんと付き合える女性は私以外にいないと思う。
だって、『仕事仕事』でほとんど会えなくて黙っていたら2カ月も放置されちゃうし、異常なまでに外面が良くて他人からの評価に命を懸けまくりだし、せっかく2人きりになれても8割方は小難しい精神論を語りまくるし、嫉妬した場合には会社を巻き込んで自分に興味を向けさせようとするんだよ??
普通の女性では手に負えませんって。
「朱里、システム開発部の改善だけど、お陰様で終結の目処が立ったから」
「えっ?そうなんですか??だって、今日のお昼にはそんなこと何も言ってなかったのに」
「ああ、社長には数日前に改善要綱を報告済みだったんだが、それに対するレスポンスを貰えたのが本日の終業後だったんだよ。まあ概ねこちらの思惑通りかな?幾つか修正しろとの指示は受けたけど、その修正が完了すれば俺はお役御免で元の業務に戻れる」
「う…わあ、お疲れ様でした。っていうか、さすが廣瀬さん、実質2カ月半で任務を終えましたね!」
喜ぶ私の隣りで湊が小さな溜め息を吐く。
「ん?まさか湊って…、廣瀬さんの任務が完了することを知ったから、しつこく私を飲みに誘ったとかじゃないよね?」
「うん」
「『うん』って、どっちの意味よ。私の考えが正解なのか、それとも違うのか」
「だから正解だって。ほら、廣瀬さんの任務が終わったら俺とは一緒に食事してくれなくなるだろう?これから毎晩、1人で食事するのかと思ったら寂しくて寂しくて。ここで朱里がまた俺のことを好きになれば、大団円じゃないか!俺ならもし朱里と付き合っても、このまま廣瀬さんと3人で食事するのは全然平気だから。いや、むしろそうしたい」
「は?!その言い方だとまるで、女子高生が一緒にお弁当を食べる相手がいなくなるのが嫌で、仕方なく好きでもない男子に『付き合ってもいいよ』と言っているのと同じに聞こえるんだけどッ」
「失礼な奴だな!俺と女子高生を一緒にするんじゃねえッ。このセンシティヴな俺様の感性を何だと思ってんだよ」
私と湊の不毛な言い合いに、絶妙のタイミングで廣瀬さんが口を挟んで来た。
「ごめんな、湊。…嫉妬しているのがバレちゃったから正直に言うけど、俺はもう3人で食事しない。だって朱里を独り占めしたいし、朱里にも俺を独り占めして欲しいんだ。悪いけどこれからは…えっと、そうだ、九瀬さんがいるじゃないか!あのコは性格もいいし、しかも湊のことをこれっぽっちも好きじゃないという稀有な存在だから、気軽に誘ってやってくれ!もし2人きりが嫌なのなら、彩もいるぞ!わあ、いいなあ、両手に華だ!羨ましいぞ、ヒュウヒュウ!」
「なんすかその棒読みな感じ。あー、くそ、そっかあ、やっぱり朱里と2人でイチャイチャしたいのかあ…。分かった了解です、九瀬さんで我慢します。えっと、彩さんも…良ければその…よろしくです」
なんなのよ、その上から目線。
しかし、オトナな彩さんはこれに気分を害するでもなく、にこやかに頷いたのであった。
…………
数時間後。
私は廣瀬さんと共にタクシーの後部座席で揺られながら、疑問を口にする。
「ところで湊が私に迫っていたことを何故知っていたのですか?」
「あはは、だって俺、森本さんと仲いいし」
森本さん??って誰だっけ。
あっ、ビヤスタンドのシェフ!!そっか、確かに私と湊、あのカウンターでいつもやり取りしてた。そっか、それで会話の内容が廣瀬さんに筒抜けだったってことか…。
「森本さんを恨むなよ、あの人は色々とスネに瑕を持つ身で、俺に脅されて泣く泣く朱里の動向をスパイしてくれていたんだから」
「脅したんですか?!」
「……」
「無言?今更??」
「ごめん、なんかこんな男に好かれちゃって。朱里、可哀想…」
「なっ、それをアナタが言いますか?!」
「うん。でも、こんな男に好かれて不幸だと思う反面、幸せだろうなとも思う」
「どっちなんですか、ったく」
今日のタクシーはハズレだったらしく、車内に漂うエアコンの異臭に鼻の穴を窄めながら廣瀬さんは続ける。
「朱里にしか俺を幸せに出来ないから。だから、遣り甲斐のある恋愛だと思うぞ」
「なんて色気の無いお言葉。まるで求人広告のキャッチコピーみたいです」
50代くらいの運転手さんの肩が震えたのは、たぶん私達の会話を盗み聞いて笑いが堪えられなかったからに違いない。
「『アットホームな会社です!』っていうのに限って、求人広告の常連だったりするよな」
「本当にそう!しょっちゅう辞めていくから求人せざるを得ないんですよね~」
「だな!」
「だね!」
…えっと、これは軌道修正が難しいかもと言わんばかりに首を傾げていると、隣に座るその人がギュッと私の手を握ってきた。
「とにかく俺は離さないから」
「望むところです」
そう答えて、私もその手を力強く握り返す。
いつの間にか雨がポツリポツリと降っていて、タクシーのウインドウに付いた雫がまるで流れ星のようで。だから思わず願い事を心の中で呟くのだ。
ずっとこの人といられますように…と。
ずっとこの恋が続きますように…と。
--END--
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