青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第2章:秘かなる侵略(シークレット・インベージョン)

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 日本での修理を終えた私の「鎧」は、ついに香港に届けられた。
 金色のジークフリート。
 青銅の竜騎兵。
 真紅の騎士。
 漆黒のワルキューレ。
 赤き稲妻。
 香港に集結した5人の「鋼の愛国者」の着装まとう5つの「鎧」が揃ったその夜、我々は、民間車両に偽装した5台の大型トラックで「国境」を超えた。俗に「国境」と呼ばれてはいるが、世界政府の見解では「国境」では無い。法と秩序が支配する地域と、反世界政府勢力が支配する地域の暫定境界に過ぎない。しかし、中国側の見解では、紛う事なき「国境」だ。
 ひょっとしたら、我々のこの作戦で、世界政府と中国の間の「見解の相違」をわざと温存し続けた事による「平和」は終るかも知れない。
 そう、ランダ大佐が言った通り、世界政府と中国の間には「停戦合意や和平条約を結んだ記録は、どこにも存在しない」。しかし、不思議な事に、何十年も「平和」としか呼べない状態が続いてきたのだ。いつ終ってもおかしくない「かりそめの平和」に過ぎなかったとしても。
 私は「鎧」を着装した状態でトラックに乗っていた。しかし、水の力を使う上霊ルシファーが言った事が本当なら、上霊ルシファーは起動中の「鎧」の存在を検知出来る筈。既に我々の存在は敵に知られているだろう。いや、もし、神の秩序アーリマン上霊ルシファーの一種に過ぎず、かつ、上霊ルシファーが同類の存在を検知出来るのなら……。
「今更ですが、大丈夫なんですか、こんな所に居て?」
上霊ルシファーがトラックの運転手を殺しても、遠隔操作は可能だそうだ。作戦続行はともかく、命だけは助かるだろう。もっとも、トラックごと横転するような真似をやられたら、多分、私は、あっさり死ぬだろうが」
 同じトラックに乗っているテルマは、妙に呑気そうにそう言った。
「ところで飲むかね?」
 そう言って、テルマは瓶入りの飲料を差し出す。
「どうも……」
 すぐに体のエネルギーとなるブドウ糖。精神の覚醒を促すカフェイン。飲みやすくする為のわずかな酸味。……要は、炭酸抜きのコーラだ。
「そう言えば、一度、聞きたい事が有ったんですが……」
「何かね?」
「何故、『神の秩序アーリマン』と『上霊ルシファー』は対立しているんですか? そして、そもそも、『神の秩序アーリマン』と『上霊ルシファー』とは何なのですか?」
「何故、もっと早く聞かなかったのかね、ミリセント少尉?」
「えっ?」
 私はあやうく、飲料を吹き出しかけた。
「驚いているようだが、聞かれれば、素直に答えるような質問だった。本当に、何故、今まで聞かなかった?」
 ……そうだ……何故、私は……今まで聞く勇気を持てなかったのか……? いや、薄々「聞くのに勇気が必要となる質問」である事を察していたが故か……。
「そ……そうだったんですか?」
「そうだ。そもそも、上霊ルシファーの真の力は、限定的ではあるが『現実の書き換え』『因果律への介入』だ。喩えるなら、従来科学や神秘科学シアンス・ゾキュルトが扱えるのは『現実』や『因果律』と云う『物語』の中の事のみ。しかし、上霊ルシファーは、半ば『物語』の内に、半ば『物語』の外に居る存在。限定的ではあるが『物語』そのものを自分に都合よく修正する事が出来る。しかし、更なる問題は上霊ルシファー達が、自分の能力の本質に気付いていないフシが有る事だ」
「……つまり……」
「彼等は、この『世界』と云う物語を好き勝手に作り変え続けている。例えば、地震を起す事が出来る上霊ルシファーが、地震の発生を願えば、たまたま都合良く数百年も前から地震の原因となる地殻変動が起きていた、と云うように、この世界の歴史そのものが書き換えられてしまう。しかし、当の上霊ルシファー達は、自分達が、どれだけ、危険な火遊びを繰り返しているかの自覚すら無い。そんな真似を許し続ければ、いつか、この『世界』と云う『物語』の辻褄が合わなくなり、物語そのものが崩壊する。神の秩序アーリマンとは上霊ルシファーによって世界が崩壊する事を防ぐ事を存在意義とする……そう……見方によっては上霊ルシファーの一種でありながら、他の全ての上霊ルシファーに対立する存在なのだよ」
「では……『神の秩序アーリマン』と『鎧』以外の方法で上霊ルシファーに対抗する手段がほとんど無い理由は……?」
「従来科学も神秘科学シアンス・ゾキュルトも、基本的に『因果律』と云う物差しと『論理』をもって、世界を認識し、世界の出来事に介入するものだ。しかし、上霊ルシファーは因果律そのものを歪め書き換える事が出来る、そして『論理』の埒外に有る『混沌』を本質とする者達だ。従来科学にとっても神秘科学シアンス・ゾキュルトにとっても、これほど相性の悪い相手は無い。そして、それこそが、神秘科学シアンス・ゾキュルトや、その起源となった魔法・呪術・超能力などの『技術』が上霊ルシファーの力の不完全な模倣に過ぎぬ理由だ」
 水の力を使う上霊ルシファーとテルマ。別の立場に有る筈の両者の主張は、あっけなく一致した。
「では……その、仮にですが……、この世界以外にも『世界』が存在したとしたら、今この時に上霊ルシファーのせいで崩壊している世界も有るかも知れないと……」
「その『与太話』をしたのが誰かは聞くまい。どこの禿の大男かは、想像は付くのでな。だが、どこまで聞いたのかね?」
「全てでは無いです。……ほんの触り程度です」
「うむ。その答は『その通り』だ。逆に、世界が辻褄を合せる為……そうだな、先程の『物語』の喩えで云うなら、辻褄が合わなくなった1つの『物語』が2つ以上に分岐したり、逆に複数の『物語』が1つになってしまう事で、無理矢理、辻褄合せをやる場合も……有り得る……かも知れん」
 では、上霊ルシファーが存在するから平行世界が生まれ、平行世界が生まれたから、上霊ルシファーに対抗する為の「鎧」を作る事が出来た……全ては1つの根から生じた別の枝だと云う事なのか?
「じゃあ、与太話ついでに……もう1つ聞いていいですか? 『辻褄が合わなく』なって消えてしまった世界からの『亡命者』が、この世界に侵略者として入り込む可能性は有ると思いますか?」
「少し、想像力が足りんな、ミリセント少尉」
「えっ?」
「その侵略者達が、仮に1つの集団だとしても、複数の世界の出身者から構成されている可能性は検討したかね?」
「ま……まさか……どう云う意味……」
『そろそろ目的地です』
 その時、運転手からのアナウンスが有った。
 その頃には、私は「鎧」のヘルメットの着装を終えていた。
「詳しい事は後で話すとしよう『赤い稲妻』」
 テルマは、私を本名ではなく、作戦中のコードネームで呼んだ。
 私は、トラックから降りる。そして、トラックは、ある程度離れた……しかし、神の秩序アーリマンが、我々や上霊ルシファーの位置を、それほど大きな誤差なしで検知出来る位置にまで移動する手筈になっている。ここから数百mと云う所だろう。
 そこは、倉庫街だった。他の4人の「鋼の愛国者」もすぐ近くに居る。
「0時の方向に人影が……2名です。距離は、およそ……三〇m」
『その2名は、上霊ルシファーでは無い。しかし、気を付けろ。敵の「鎧」と思われる反応と、3体の上霊ルシファー、そして「鎧」に似た謎の反応が、一〇〇m以内に居る』
 神の秩序アーリマンの1人から連絡が入る。
 「鎧」のカメラが暗視モードになっているせいで、服その他の正確な色までは判らない。しかし、両者ともに暗い色の動き易そうな服装をしている。……いや、片方の右腕の色がおかしい。腕の付け根より先が金属製の義手だ。
 そして、その義手の方の人物が、腕をのばし、義手の掌を我々に向けた。
 次の瞬間、轟音がした。それも、私達のすぐそばで……。
「えっ⁉」
 指揮官であるランダ大佐が地に伏した……。そして、ランダ大佐の頭部は……消滅していた。ランダ大佐の血が地面に広がっていく。
 だが、その人物の義手も、一度の攻撃で破損したようだ。煙と火花を上げている。そして、その人物の体から、義手と背中に背負っていた正体不明の何かが落ちる。
 いや、待て、もう1人は?
「ぐわっ⁉」
 私の「兄」であるヘルムート・シュミット大尉が苦鳴を上げる。
 もう1人の人物は、私達のすぐ近くに居た。そして……男の手にしていた刀が、「兄」の「鎧」の腕の装甲を……深手では無いにせよ、血が吹き出る程度には斬り裂いていた。
 待て、何かの辻褄が合わない。ここまで速く動ける者など、変身後の獣化能力者でも聞いた事が無い。
「アーリマン2=12‼」
 私は相棒を、私が付けた名前ではなく、コードネームで呼んだ。
上霊ルシファーが何かの力を使った形跡は……」
 今度は、その男は私を攻撃して来た。凄まじいまでの勢いの斬撃が何度も放たれる。手にしていた戦斧の柄どころか刃の部分までも削られていく。
『状況は把握している。上霊ルシファーは近くに居るが、何の力も使っていない。その男は……おそらく、単なる異常に高い身体能力の持ち主に過ぎん』
 そう、単に異常に身体能力が高いだけだろう。問題は、ここまで異常な身体能力の持ち主など、どんな記録でも見た事が無い、と云う事だ。純粋な力なら、「鎧」の方が遥かに上だろうが、スピードは余りにも無茶苦茶だ。
「うおおおおッ‼」
 グルリット中佐が雄叫びと共に男に背後から戦斧で斬り付ける。だが、男は一瞬で横方向に移動し、距離を取った。
「あんたが『青銅の竜騎兵』……『鋼の愛国者』最強の男か。あんたの首を取って名を上げるのも悪くないが……それをやると仲間の機嫌が悪くなりそうなんで、やめておこう」
「何者だ⁉ 手前てめぇは⁉」
「親類だよ。あんた達『人造純血種』と呼ばれてる連中の」
「何ぃ?」
「日本陸軍の『高木機関』の研究成果の1つ……『古代天孫族ヴィディヤーダラ』についての資料を入手したのが、お前たちナチだけだと思ってたのか? お前達マヌケどもが知らないだけで、今頃、俺達だけじゃなくて、中国やソ連も、『古代天孫族ヴィディヤーダラ』を再現した『強化兵士』を作っている筈だ」
「どう云う事だ?」
「満洲国が崩壊した時、『高木機関』の膨大な研究資料は4つの勢力に渡ったんだよ。後に『世界政府』を名乗るナチス・ドイツ。中国。ソ連。そして、当時の満洲で朝鮮独立が目的のゲリラ活動を行なっていた義烈団」
 そう言ったのは別の人物だった。いや……その姿は……。
「久し振りだな……兄貴。もう一度ぐらいは、兄弟3人で酒でも飲みたかったが……もう叶わなくなったらしいな……」
 声の主は、2m以上の身長の……全身を明るめの色の毛に覆われた……人とも熊ともつかぬ姿をしていた。
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