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諸神之黄昏 ― Ragnarok : Battle Royal ―

護国軍鬼・零号鬼:日本敗戦まで

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 同じ漢人でも、俺の故郷に居た連中と、この辺りの連中の言葉はかなり違うらしい。
 早い話が、漢人の言葉は、この状況では使えない。
 もちろん、俺達は向こうの言葉が判らない。
 向こうも俺達の言葉を知る筈が無い。
 もちろん、俺達は……満人の言葉も蒙古人の言葉も……知らない。
 皮肉にも、俺達とこいつらは……共通の敵の言葉で話すしか無かった。
「助けてもらった礼をしたいが……そもそも、あんた達は誰だ?」
 その男が……で俺達にそう言った時、ようやく、俺達とそいつらとの間でマトモな話が出来るようになった。

 俺と兄貴は、たまたま、日本軍がゲリラだか馬賊だかを追っている所に行き合わせて、日本軍の指揮官らしいヤツを撃ち殺した。
 思わぬ場所から飛んで来た銃弾で指揮官が命を失なったせいで、日本軍は、総崩れとなり撤退した。
 そして、俺達は、その連中の客分となった。
 俺達が遥か南の故郷から、この北の大地に逃れて6年目の事だった。

 俺達が出会ったのは、朝鮮の独力を目指しているゲリラ達で、そのおさ羿ゲイと名乗った。
 本名ではない。
 信用出来る相手以外には本名は明かさず、例え、本名を知ってる仲間でも、仲間内では渾名で呼びあう。
 それが、こいつらの流儀らしかった。
 こいつらのおさの渾名の由来は、漢人の昔話に出て来る「太陽を撃ち落した弓の名人」の名前だそうだ。
 日本の王が「太陽の子孫」を名乗っているのなら、自分は、その「太陽」を撃ち落してやる……それが「渾名」の由来だと語った。

「なぁ、何で、あんたの兄貴の顔には入れ墨が有るのに、あんたには無いんだ?」
 俺達が、羿ゲイ引き入るゲリラの客分になって、1年半以上が経った、ある日の夜だった。
 羿ゲイと俺は酒を酌み交していた。
「あの入れ墨は……俺達にとっては……大人になったあかしだ」
「へっ? 随分、デカい子供も居たもんだな」
「あの入れ墨は、戦いで敵の首を初めて獲った時に彫られる……俺は……」
「いや、あんたの腕なら、故郷に居た時に何人も殺してるんじゃないのか?」
「あの戦いが、かなり激しくなってからだ……。初めて……敵を……日本人を殺したのは……」
「首をどうして獲って来なかったんだ?」
「弓矢や村田銃でなら、何人も殺したが……流石に首まで切り落すのは無理だった……。鉄砲や大砲の弾が飛び交ってて……日本人は飛行機で爆弾まで落とし出したしな」
「そうか……。ところで、台湾ってのは暖いのか?」
「いや、俺達の故郷は山の中だ。冬になれば雪も降……」
 その時、あの戦い以来、何度も聞いてきた轟音が響いた。
 俺達の居場所は、日本軍にバレていたのだ。

「高木軍医大佐。これが、御注文が有りました健康優良なる捕虜丸太です」
 収容所にブチ込まれた俺は、何故か体を検査され……そして、一人だけ別の房に移された。
 そして……数日後、後に、俺の運命を狂わせる事になるヤツがやって来た。
「ふ~む……名前は?」
「番号は……たしか……」
「人間としての名前を聞いたんだよ。そっちの番号ならとっくに聞いているよ。『丸太』としての番号では無い」
 その妙にとぼけた感じの「軍医」は俺の顔をしげしげと見てこう言った。
「しかし、いい面構えじゃないか。役者にしたい位だな」
「あ……本名かどうか判りませんが……仲間からは、ダッキスと呼ばれておりました」
「ダッキス? 名前からすると……蒙古人か西蔵チベット人か……?」
「いえ……」
「謎々かね? それ以外だとすると……」
「そ……それが……こやつの仲間を尋問した所、信じ難い事が……」
「何かね?」
「台湾の生蛮の生まれらしいと……」
「はぁ?」
「昭和5年の……霧社事件の生き残りが満洲まで逃れて来たと……」
「それが、何故か、朝鮮ゲリラの仲間になっていた……と……」
「は……はい……」
 その「軍医」は何が楽しいのか判らないが、手を叩きながら笑い始めた。
「そりゃ凄い。何とも劇的な半生じゃないかね? 映画の脚本にでもして、今度、満映の理事長になると云うあの外道に売り込みにでも行くか?」
「軍医大佐殿……あの方をそう呼ぶのは……いかがな……」
「外道ではないのかね? 国の為と云う大義名分の元、いたいけな子供を嬉々として絞め殺したヤツだろ。ヤツが名前を出せん誰かの罪を庇ってるなら話は別かも知れんが」

 俺は、その高木美憲よしのりとか云う軍医が率いる訳の判らぬ研究を行なっている特務機関に引き渡された。
 囚人としては、妙に待遇が良い日々が数ヶ月続き……。
「さて、これから君を『神』にする実験を行なう。失敗すれば、君は……良ければ人間のままだ。悪ければ死ぬ」
 ヤツは、手術台に縛り付けられた俺に、訳の判らぬ事を言った。
「何を言っている……?」
「この世界には、実は、普通でない能力ちからを持った者が多数存在している。私は、それを『異能力者』と呼んでいる。私達が行なっているのは、普通の人間を『異能力者』を狩る『異能力者』に作り変える実験だ。君に、これから、その『異能力者』の中でも規格外の存在……『神』としか呼べぬ存在の力を付与する実験を行なう」
「そんな真似をすれば……俺は……その能力ちからで、お前らを……」
「殺すなら好きにしたまえ。この力は何故か……君のような者にしか反応しないらしいのだよ……。どうやら、脳の中の『自由意志』に関係が有る部位が正常に機能している者にしか……おっと、麻酔が効き始めたようだな」

 たしかに高木の言う通りだった。
 俺は……亡霊らしきモノを操る力と……そして、その亡霊を消し去る力の両方を自由に操れるようになった。
 しかも……亡霊らしきモノを消し去る力は……人間の命に関係が有るモノらしく、その力を利用すれば、人の命そのものを見る事も出来れば、人の命を奪う事も出来る事が判った。
 どうやら、理屈の上では、人の命を救う事も出来るらしいが……残念ながら、何事でも壊すのは簡単がだ修理は大変らしく……俺に出来たのは、自分や他人のちょっとした傷を塞ぐ事ぐらいだった。
 大概の病気を治すのも無理。内臓や骨に達した傷の回復も困難。
 早い話が、人殺しにしか使えない力だ。
 だが、言うまでもなく、こんな力でも使い道は有った。
 高木率いる「特務機関」は、俺が力の使い方を大体覚えると同時に……。

 無数の死体が転がっていた。全て、俺1人でこさえた死体だ。
 「護国軍鬼・ゼロ号鬼」……それが、俺の暗号名らしかった。
 しかし、高木は、余程のマヌケか……さもなくば、自分の研究の為なら自分の同胞が死に絶えても構わないと考える狂人らしい。
 よりにもよって、「日本を護る鬼神」を生み出す為の実験に、日本を憎んでいる俺を使うとは……。
「私の命を奪っても構わんよ」
 ヤツは部下と俺の間に割り込んでそう言った。
 こんなヤツにも殊勝な気持ちぐらいは有ったか……と思ったが、ヤツは予想外の事を言い出した。
「私の命で足りんなら、こいつらの命もくれてやろう。好きにしたまえ。……まぁ、好きにしたまえも何も、私は君に、我々をいつでも好きに殺せる力を与えた訳だが……。素晴しい。自分の最高傑作の恐るべき能力を目に焼き付けて死ねるなど、研究者冥利に尽きる」
「えっ?」
「あの……大佐殿……何を……」
「その代りと言っては何だが……実験資料だけは見逃してもらえんかね? あれは後世に伝える価値が有ると自負している」
 ……日本人は好きになれんが、ある特定の1人の日本人だけは……もっと好きになれそうにない。
「あ……そうだ……ついでにコレも持って行け。どうせ、この調子では、日本も満洲国も、その内、滅ぶ。残念ながら、我が国はとっくに根が腐った巨木も同じだ。台風1つで倒れてもおかしくない。これが失なわれる危険は分散した方がいい。好きに使いたまえ」
 俺は高木を助けた。……この男が日本を滅ぼしてくれるような気がしたからだ。

 それから、兄貴と、かつて身を寄せていた朝鮮ゲリラの行方を散々探したが……結局、手掛かりは掴めぬまま……時は過ぎていった。
 日本は一億玉砕などと言い出したが……俺にしてみれば、俺達が故郷でやった事の猿真似にしか思えなかった。
 いや、後で知った事だが、当時の日本の人口は……台湾や朝鮮まで入れて一億だった。俺達の猿真似も結構だが、俺達は他人にまで自殺を強いてなどいない。
 そして、日本は無様にも降伏し……満洲国も崩壊し……。
 俺の横には、高木が餞別に差し出した2つのモノが有った。
 1つは……鞄。中には、俺に埋め込まれたのと同じ……「神の力」を与えると云う金属球が6つと、俺には意味が判らない様々な実験の結果らしきモノが複写された大量の青写真。
 そして、一本の軍刀。
 日本の刀より、俺達が台湾で使っていた山刀の方が、余っ程、頑丈で切れ味も上だと思っていたが……これだけは例外だった。
 ただ、表面には、他の日本の刀には無い虹のような奇妙な光沢が有った。
 どうやら、高木が率いていた特務機関と満鉄の大連工場の付属研究所が共同で生み出した素材で作られたらしかった。
 「斬超鋼刃・試作ゼロ号」……高木が俺にこの刀を託した時、ヤツは、この刀をそう呼んでいた。
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