水商売

蓮實長治

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水商売

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「お前さ、何で、そんな事も知らないの?」
 定期の部署異動で文化部に配属になって3ヶ月。
 文化部の「主」的な先輩と、歌舞伎座に取材に行った。
 俺が勤めてる新聞社の本社からは……歩いて行ける距離だ。問題は7月の暑い最中に、バス停数個分の距離を歩かねばならない事だが。
「いや、でも、前の部署でも、当り前の事にこそ疑問を持て、って言われてたので……何で、夏と言えば怪談なんすか?」
「おい、歌舞伎座に取材に行くから、わざとボケかましてんじゃなくて、マジで知らないの?」
「え?」
「だからさ……冷房も無い時代、夏に歌舞伎なんかを観ると、どうなる?」
「どうなるって……」
 ええっと……。
「暑そうですね」
「だから、江戸時代は夏は野外でったり……屋内でる場合も、本水を使ったんだよ」
「本水?」
「本物の水」
「それで涼しさを演出した訳っすか」
「そう云う事」
「でも、それと怪談に何の関係が有るんですか?」
「で、本水を使う演目って、怪談が多かったんだよ。『東海道四谷怪談』とか……」
「なるほど……」

 スキャンダルで活動を自粛していた役者の筑西戌之介の復帰舞台を観てるのに、一応は仕事扱いだ。
 その後、筑西戌之介に楽屋でインタビュー。
 銀座のバーのママに暴行……性的なヤツじゃなくて物理的なヤツだ……をしたという噂が有ったのだが……肝心のそのママは店を辞めていて……。
 スポーツ紙や週刊誌やフリーライターが、そのママの行方を探したが、いわゆる「雇われママ」で、職場の従業員や店のオーナーにも連絡せず、その「暴行」が行なわれた翌日から店に来なくなったらしい。
 肝心な被害者の証言が取れないまま……話は有耶無耶に終り……。

「でも……何で水なんですかね?」
「どうした?」
「いや……ここに来る途中にしてた話ですよ。何で、怪談に水物が多いんですかねえ?」
「知るか……自分で調べろ」
「実は幽霊ってのは、水が無いと姿を現わせないとか……」
「そんな馬鹿な話、聞いた事……マズいな、こりゃ」
 もう夕方過ぎで、外は暗くなり……しかも、ゲリラ豪雨。
 ……だと思ったら……。
「何だよ、こりゃ……単なるゲリラ豪雨じゃなくて……もう1時間以上降り続いてんのか?」
 先輩はスマホを見ながら、そう言った。
「あれ?」
「どうした?」
「あの女の人……?」
「な……なんだ……ありゃ……?」
 とんでもない大雨で、人通りが少なくなってる中……和服姿の女性が歩いていた。
 ただし……傘その他の雨具は一切なし。
 しかし……。
 濡れてない。
 服も髪も顔も……濡れてないように見え……。
 ふと……先輩の方を見ると……。
 笑っていた。
 いや……笑顔には……見えるが……まるで……アメコミ映画のジョーカーの笑顔だ。
 笑みに似ているが笑みじゃない表情が……顔に貼り付いていた。
 そして……この大雨でズブ濡れになったかのように……震えていた。

「あら……筑西戌之介さんと、よく、一緒に、ウチの店に飲みに来てた新聞記者さんじゃないですか……」
 その女は、歌舞伎座の前まで来ると……横を向いたまま、先輩に話しかけた。
「この雨のおかげで……ようやく帰れましたよ……。あたし達みたいなのは……本水がたくさん無いと……戻って来れないのでね……」
 女は、ゆっくりと俺達の方に顔を向け、そう言った。
「今日から、また、店に出ますから……戌之介さんにも、よろしく言っといて下さい」
 そう言い残して、銀座の方に去って行った女の顔の左半分は……まるで「東海道四谷怪談」のお岩さんのように……。
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