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第四章:Rebel Girl

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「とりあえず、あとは警察……えっ?……それ何……?」
 それは……ネット上の写真でしか見た事がない大昔の通信機器「ポケベル」に似ていた。
 ただし、液晶パネルは遥かに高解像度で、しかもカラー表示……なら、ポケベルそのものじゃなくて、最近生産された外見が良く似てるだけの機器。
『了解。現在地特定。救助に向う』
 ストーカーおじいさんの手から、その機器を奪うと、液晶パネルにメッセージらしいモノがパネルに表示されている。
 送信者は「S・G」……多分、イニシャルかコードネーム。
「あ……あの……おじいさん?」
「だから、俺はじいさんじゃ……」
「中学生をストーカーしただけじゃなくて、ストーカー行為に警固の人まで巻き込んだんですか?」
「さて……チンピラどもが……逃げるなら今の内……」
 言い終らない内にセダンが一台、無音で到着。どうやら、かなり新しい型式のEV電動車らしい。
 そこから、二〇代と五〇代ぐらいの男が出て来た。
 両方共、上着こそ着てないけど、白いワイシャツに黒めのスラックス。黒っぽい色のネクタイ。
 でも、齢上の方は、きっちり着こなしてるが……齢下の方からは、ビミョ~なチンピラっぽさ。
「おい、ガキかよ……」
「先生を解放しなさい。解放しないと……」
 そして、五〇代の方の口からは……。
「私の恐しい能力を使わざるを得ませんよ」
 おじさん、何、年甲斐もなく中二病な事を言ってるんですか? と言いたくなるセリフが飛び出したが……。
 どう見ても、普段、体を鍛えてる人の体付きじゃない。
 イマイチ、武術や格闘技をやってる人の動きには見えない歩き方。
「え……えっと……あの人、魔法使い系?」
 ボクは小倉さんに、そう訊いた。
「い……いえ、違います」
「この能力を使うと私の寿命が縮みますが……仕方ありません。覚悟して下さい」
 五〇代のおじさんは走り出し……。
「あっ……あの……若い方は……安徳グループの元跡継ぎみたいです」
 小倉さんは、携帯電話ブンコPhoneを見ながらそう言った。
 多分、ボクが使ったのと同じか似たような顔認識アプリを使ったのだろう。
 安徳グループ……去年の一二月に地元の「正義の味方」に潰された「九州3大暴力団」の1つ。
 「組」が潰れたんで、イロイロアレアレな政治家の護衛にまで零落おちぶれちゃったらしい。
 その元跡継ぎの方は……河童形態に変身。「九州3大暴力団」の共通点は……組長や、それに次ぐ幹部クラスが妖怪古代種族……それも、ほぼ全員が河童系である事。
 轟ッ‼
 その時響いた音は……突風の音に似ていた……けれど、その正体は……呼吸音。
 沙也加さんの髪が逆立ち……赤く染まる。
 続いて、肌は青く変り……体の周囲に稲光いなびかりがいくつも走る。
 額の辺りには「第3の目」を思わせる球電が発生。
「えっ?」
 2人の男の動きが一瞬止まる。
 鬼……いや……仏教の忿怒尊。
 日本における「鬼」は……たまたま似た姿の妖怪古代種族系や変身能力者の総称らしく、事実上「1人1系統」に近く、能力の多くは単なる身体能力UPか「先天的魔法使い」。
 ただし……2系統のみは例外だ。
 東北地方に多い冷気を操る赤い鬼と、西日本に多い電撃を操る青い鬼。
 一般的な「魔法」や「超能力」が苦手とする物理現象を起す能力……しかし、この2系統の「鬼」は「魔法」「超能力」系の能力を使うのに必要な「素質」が欠けているので……甚しい場合は、この「鬼」の能力が発現したのと引き換えに「魔法」系の能力を失なった人まで居るらしい……例外的に強力な物理現象を起せる「魔法」「超能力」とは考えにくく、かと言って、物理系の特異能力だとしても、明らかにエネルギー収支が釣り合っていない。
 この2系統の「鬼」には、ボクたち「強化兵士」「獣化兵士」の「祖先」に当たる「古代天孫族ヴィディヤーダラ」の持つ「遺伝子ジーン特徴パターンアルファ』」「細胞内小器官オルガネラオメガ』」に似た遺伝子パターンや細胞内小器官が有るが……他の古代天孫族ヴィディヤーダラの子孫・亜種からは、こんな無茶苦茶な能力の持ち主は見付かっていない。
 「正義の味方」達の間では、超常の力の極限にして「魔法」を超えた「奇跡限定的現実改変」である「神の力」と共通点が多々有る事から、「神の力」を不完全ながらも先天的に使えるのでは? という意見すら有る。
「うわあああッ‼ あちいッ‼」
 沙也加さんを攻撃しようとした河童は……沙也加さんの体の周囲に発生した電光を浴び……。
 ゆっくりとした動きだった。
 沙也加さんは……単に河童の腹に手を置いただけだった。
 けど……次の瞬間、河童の全身が無数の電光に包まれる。
「うがあああああッ‼」
 相棒らしい河童が倒れたのを見た五〇代のおじさんは……ボクの方に向い……。
 あれ?
 何か……おかしい。
 えっと……。
 端的に言って、ボクは、とんでもなく苦労していた。
 
 たしかに……別に体を鍛えてるように見えない五〇代のおじさんにしては……凄い身体能力だ。
 でも、あいにくとボクは……獣化能力者の中でも2位以下に大差を付けた最強の系統とされる古代種族「古代天孫族ヴィディヤーダラ月の支族チャンドラ・ヴァンシャ」をバイオテクノロジーで再現した「獣化兵士」。
 このおじさんは、ボクにとって人間形態でも瞬殺可能な程度の相手でしかない。
 しかも、今は変身中で身体能力は人間形態の倍以上。
 はっきり言って……「ふつ~のおじさんレベルでは驚異的だけど、身体能力系の特異能力者としては、かなり下の方」な人では……うかつに攻撃したら死なせかねない。
 ドンっ‼
 そう思いながら、おじさんの攻撃を捌いてると……おじさんが突然倒れ……。
「げ……源田……しっかりしろ……」
 こっちも沙也加さんの電撃でブッ倒れて、人間形態に戻ってた河童が息も絶え絶えな声で……そう言った。
「ど……どうしたの……これ?」
「そ……そいつの……腰のポーチに有る薬を……たのむ……」
「へっ?」
「そいつは……『火事場の馬鹿力』を好きに引き出せるが……時間切れになると……とんでもない……高血圧と低血糖に……」
「はぁ?」
「へっ?」
「は……はやく……血圧降下剤とブトウ糖の錠剤を……そうしないと……そいつが死んじまう……」
 何だよ……それ……。
 ここまでリアル過ぎて嫌な「能力を使うと寿命が縮む」理由って有る?
「マズい。こっちは、あたしが何とかするから……」
 沙也加さんの声。指差す先には……。
 いつの間にか回復してたストーカーおじいさんが……。
「いや……やめて、たすけて……」
「美咲ちゃん、誰かに洗脳されたんだね……。でも、大丈夫、お兄ちゃんがゆっくりわからせてあげるからね……げへへへ……」
「Twas grace that taught my heart to fear(神の恩寵により私は恐れを知り), And grace my fears relieved(そして神の恩寵により私は恐れより解放された)」
 ボクは「火事場の馬鹿力」を解放する自己暗示ワードを唱え……。
 ドコォッ。
 足下の舗装が砕かれる音。
 ボクは予備動作なしに時速約七〇㎞まで瞬時に加速。
 そして、ストーカーおじいさんが乗ろうとしていたセダンに体ごと激突。
「えええええッ?」
 ストーカーおじいさんの驚愕の声。
 ボクが激突した瞬間、セダンが微かだけど地面から浮き、窓ガラスが割れ、ドアがへこみ……。
「うりゃあああッ‼」
 ボクはセダンのタイヤを次々と延ばした爪で引き裂く。
「ちょっと、にゃんこ、そっち終ったら……えっと……あたし、注射のやり方なんか知らない……」
 背後から沙也加さんの声が響いた。
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