魔導兇犬録:哀 believe

蓮實長治

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終章

くじけない歌

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「こ……これで……本当に良かったの?」
 事態の収拾には夕方ごろまでかかった。
 あたしは……あの「悪堕ちフォーム」と称するエロ衣装も……避難者の救護や誘導の時に着ていた強化服パワードスーツも脱ぎ、普段着に戻り、水天宮のそばの筑後川の河原に佇んでいた。
い訳が有るか……。私達の荒々しい『正義』でしか駆逐出来ない『悪』が有るとしても、いつか私達が私達にしか出来ない事をやり終えた後、私達の『正義』は歴史の表舞台から姿を消し、そして、忘れ去られねばならない。そうしなければ……人は安定して長続きする社会を築く事が出来ない」
 声の主は……あの「正義の味方」。
「えっと……貴方達は……自分が『正義』だと思ってないの?」
「もし、あらゆる悪を駆逐出来る正義が有るなら……人間の社会にとって、その絶対正義は絶対悪よりマシとは限らない。恐怖や混沌をもたらす事は悪のみの特性じゃない。絶対悪に確実に打ち勝てる絶対の正義が有るなら、その正義は暴力や知略だけでなく、恐怖や混沌をもたらす事においても、あらゆる悪に勝るだろう」
「え……? ちょ……ちょっと待って、どう云う事?」
「人間は不完全なまま足掻き続けるから人間だ。神や仏になった人間が居たなら……人間の社会はそれで『詰み』だ。そいつらが、うっかり指1本動かしただけで人間社会は崩壊するし、逆に何もしなくても崩壊するだろう。そんなのを人間の手で駆逐しようとしても……神がもし全能なら人間に負ける事だって出来るだろうが、勝ちを譲られた人間にロクな末路が待ってるとは思えない。だが……私達は……道を進み過ぎたようだ。私達の『正義』は、今や、人間の成す事でありながら、自然の猛威に近い」
「た……たしかに……」
 「正義の味方」達が成した惨状が……その言葉を証明していた。
「いずれ、私達にしか出来ない事をやり終えた後、私達は姿を隠す。再び私達にしか対処出来ない問題が生じるまで……私達は『正義の味方』としての人生ではなく、平凡な一個人の人生を送る事になる。さもなくば……私達自身がマトモな状態に戻した世の中によって絞首刑か銃殺刑を宣告されるか……。その後に必要になるのは……私達とは違う道を歩む者だ。如何なる悪も許さぬ『正義』ではなく、相手の善悪関係なしに手を差し延べ救う『慈悲』や『同情』だ」
「ちょ……ちょっと待って……あたしには無理っぽいけど……」
「候補の1人だ」
「そっか……貴方達は……貴方達が居なくなった後に必要となる人を探しているのか……」
「長続きする安定した社会は……往々にして矛盾や欺瞞を内包する。私達の『正義』は、人間社会に存在するだけで、その矛盾や欺瞞を暴いて、社会を自滅に導く。如何なる悪も滅ぼす光が必要とされる事態が起きたとしても、その光が永く有り続ければ、いずれ全ての人間が死に絶える」
 そうだ……この人が……この人にとっての「当り前」な事をやるだけで……この人と戦った相手は勝手に恐怖に囚われ、自滅していった。
 多分……この人達の「正義」は暴走しない。ただ、この人達の「正義」が存在するだけで……「悪」の側が勝手に恐怖に囚われて暴走し、そして、その暴走は関係ない人達も巻き込み、世の中を滅ぼしてしまう。
 その「正義の味方」は筑後川に背を向け水天宮の方を見る……その方向に見えるのは……。
「太陽がもしも無かったら地球はたちまち凍り付くとしても、太陽がいつまでも空に有り続ければ、大地は必ず焼き尽される。太陽が沈まねば……人は夜の平穏さを享受する事は出来ない」
「でも……太陽が沈まなきゃいけないのは……今じゃない」
「やめてくれ。私の『正義の味方』としてのコードネームは『ニルリティ』……荒振る闇の女神だ。この世界で最初の『正義の味方』である護国軍鬼の名と装備ちからを受け継ぐ者として、『正義の味方』が必要とされる時代を終らせる事を決意して名乗っている名前だ。いつの日か、激し過ぎる光を放つ太陽をあの西の空に無理矢理にでも沈め、平穏な夜をもたらす義務が有る。大きな力には大きな責任が伴なう。それが私が果すべき責任だ。それに、これでも……なるべく早い内に、『正義の味方』なんかじゃない何の力もないただの人間としての人生を楽しみたいんだ」
「貴方は……自分は人を救えないと言った。でも、あたしの人生は救ってくれた」
「1人の人生を救うのに、何人の人生を終らせたと思う? 自分では計算は得意だったつもりなのに……とんだ大赤字だ。さて、これから、その赤字の清算だ。忙しくなるんで、そろそろ失礼するよ」
「最後に、これだけは訊いていい? 貴方は……高木さん……高木らんさんなの?」
「『秘』だ」
「わかった……」
「だが、これだけは言っておきたい。私は君を尊敬している」


『普通の人間なら、誰でも世の中と折り合いをつけて生きていけることは誰も疑わない。
 だが、われわれが欲しいのは、単に世界と折り合いをつけて生きていく力ではなくて、
 世界に勢いをつけて生かしていく力なのである。
 人間は、世界を変えねばならぬと思うくらい世界を憎みながら、
 世界は変える値うちがあると思うくらいに世界を愛することができるかどうか。
 人間は世界の巨大な善を見上げながら、しかもただ黙って服従していると感じずにいられるかどうか。
 人間は世界の巨大な悪を見上げながら、しかも絶望を感じないでいられるか。
 要するに人間は単に悲観主義者ペシミストでかつ楽観主義者オプティミストであるばかりでなくて、
 狂信的な悲観主義者ペシミストでありながらかつ狂信的な楽観主義者オプティミストであることができるか』
G・K・チェスタトン『正統とは何か』より
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