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第1章:インサイダーズ

長崎刑務所 特異能力者棟:医師・山口耕三

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「はい、いつも、協力ありがとう。毎度ながら、驚異的な結果だ」
 私は、彼の身体能力の測定が終るとモニタごしに、そう声をかけた。
『いや、俺も体を動かすのが好きなんで』
 この男は……二〇年間、ここに収容されている。
 異能力・XENO……呼び方は色々と有るが、そのような者達の存在が明らかになって三〇年近く経ったが、彼を「特異能力者」と見做すべきか、単なる正規分布曲線ベルカーブの端に居る「異常に身体能力が高いだけの一般人」と見做すべきか、結論は出ていない。
 四十も後半なのに……ここに収容された二十代の頃に比べても若干では有るが、身体能力が上がっている。
 外見も三十前後にしか見えない。
 白髪一つ見当らない髪は、薄くなる気配すら感じられない。
 当初は、催眠や洗脳により対異能力犯罪広域警察機構「レコンキスタ」の中でも「特異能力者」から選抜された特務要員ゾンダー・コマンドに加えるべく、「レコンキスタ」が裁判所に圧力をかけた結果……それまでの判例からすると死刑相当の罪にも関わらず、仮釈放有りの無期懲役の判決が下された。
 だが、その後に判ったのは、極めて残念な2つの事実だった。
 1つ目は、彼が催眠や洗脳……既知の手法のみならず「魔法」や「超能力」によるものも含め……に極めて強い耐性を有していた事。
 2つ目は、何とか催眠状態にする事には成功したが……その状態では、彼が、その驚異的な身体能力を不完全にしか……それでもトップアスリート級だが……発揮出来なくなる事だった。どうやら、彼の異常な身体能力は、彼の感情……端的に言えば「やる気」……と密接に関わっているらしいのだ。
『そう言や……娑婆の方はどうなってます? 福岡の久留米でデカい騷ぎが起きたみたいですが……新聞やTVでは、詳しい事を言わねぇんで……』
「事件に伴なって各種インフラも被害を受けたらしくてね……。監視カメラの映像も残っていないし、携帯電話の基地局は停止。ネット回線も被害を受けたらしい……。あの事件の詳細に関しては……噂レベルのモノしか無いね」
『例えば……?』
「久留米近辺に出没してる『銀色の狼男』が新しい『護国軍鬼』にボコボコにされた……とかね……」
『えっ? その新しい「護国軍鬼」ってのは……』
「さぁ……これも噂だが……子供ぐらいの体格しか無かったそうだ」
『いや……待って下さい。あいつ、いつ、A+級から脱落したんですか?』
「残念ながら、私は『レコンキスタ』の犯罪者・容疑者データベースにアクセス出来ないが……その手のA+とかC-なんて『ランキング』は……言うなれば……そうだな『世界報道自由度ランキング』とか『ジェンダーギャップ指数ランキング』みたいなモノだよ」
『へっ?』
「その手の国別ランキングは……±1桁前半なら大した差は無いだろうし、翌年には順位が入れ革っている事も十分有り得るが……二〇位も三〇位も違えば、ランクが低い方の国は高い方の国に比べて、何かの重大な社会問題や政治問題が有ると見做して間違い有るまい。『レコンキスタ』のデータベースの『格付け』も似たようなモノだよ。±1ランク程度の差は誤差に過ぎないが4つも5つもランクが違えば、明らかな実力差が有る」
『なるほどね……』
「変な気は起こさんでくれよ……。昔みたいに、身体能力だけでSSS級になろうなどと……」
『俺もいい齢ですよ……。若い頃ほど、どっちが強いの弱いのに拘ったりしませんよ』
「そうだ……もう、そんな単純な時代じゃない」
 だが……翌日の夜明け前には、残念な事実が明らかになった。
 彼は……まだ……「どっちが強いの弱いの」に拘っていたし、もう、今の時代、「異能力者の強さ」の指標そのものが「単純なモノではなくなっている」事を理解してくれてはいなかった。
 早い話が……彼……二〇年前に「特異能力犯罪者の『格付け』で『最強』を目指す」と云う昔の格闘漫画のような理由で数十人の「特異能力者」を虐殺した男・有馬剛平……は、刑務所を脱獄したのだ。
 おそらく……狙いは……かつての彼の好敵手ライバルを倒したと云う……新たなる「護国軍鬼」だ。
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