再び失なわれた日常

蓮實長治

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再び失なわれた日常

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「いやぁ、当選おめでとう。我々も鱶嶋ふかじまさんの活躍に期待してますよ」
 俺の所属政党の県連の会長から、お祝いの電話がかかってきた。
 例の伝染病の終息宣言が出てから、最初の国会の選挙で、俺は初当選を果たした。
「ありがとうございます。この鱶嶋ふかじま伝三、御国と党の為に身命を捧げる所存です」
「あの国難の時期に、君がやってきた事は、総理の耳にも届いている。君の未来は明るいよ」

 しかし、国会が始まって、早々、俺は、ある国会の委員会に参考人として呼び出された。
 あの伝染病流行の最中、国会審議もオンラインで行なうようになっていたが……その委員会の面々は……。
 モニタごしとは言え、流石に、俺も緊張せざるを得ない。
 そこに映っていたのは、各党の長老格……それぞれの政党の党首経験者のみならず、総理経験者も何人か居た。
鱶嶋ふかじまさん、これは、懲罰委員会の職務とは言い難いが、君の当選が無効となりかねない事態なので、暫定的に、この委員会で審議する事にした」
「は……はい……しかし……その……どう云う事でしょうか?」
「国会議員当選後に、君が受けた健康診断の結果についてだ。あの法律が作られた時、予想して然るべきだったが……あんな状況だったので、国会で十分な審議が成されなかった。これは、君が初のケースとなる」
 確かに、あの伝染病騒動の後、国会議員に限らず、多くの人間が事有る毎に健康診断を受け、重大な感染症に罹患していないか、そのような感染症に罹患した際にリスクが上がる持病が無いかをチェックされるようになっていた。
 だが、それと俺が、国会議員として何もやってない内から「懲罰委員会」に呼び出された事と、何の関係が有るのだ?
「あの……一体、どう云う事ですか?」
「君は『無症状者地区』に住むべき人間だが……『潜在的発症者地区』で立候補し当選した。このような場合に君の当選が有効かを審議する事になった」
「えっ?」
「稀に有るらしいのだよ。生活環境などが大きく変った場合に、『潜在的発症者』が『無症状者』に変ってしまう事が……」

 俺も専門的な事を理解している訳では無いが、あの伝染病の恐しさは……体質によって、罹患しても全く症状が出ず平気でピンピンして、その後も何事もなく生き続けるか、罹った時点で「詰み」であるかの両極端に分かれると云う事だった。
 後者は、一度罹患した後に運良く治癒しても……そこからが洒落にならない事になるらしい……。どうも、治癒した後に、再度、あの伝染病に罹ってしまうと……なんとかスートームとか云う「免疫系の暴走」とやらが……かなりの確率で起きるそうだ。病気から体を護ろうとする体の仕組みが、逆に自分の体を殺してしまうと云う、理不尽極まりない事になってしまうのだ。
 これは、ワクチンを接種しても意味が無い。何故なら……ワクチンを接種すると云うのは見方によっては「その病気に軽く罹る」ようなモノであり、ワクチンを接種した後に、あの病気に罹ると……これまた免疫系の暴走とやらが起きてしまう。……いや、耳学問と云うヤツなので、俺も詳しく判ってはいないのだが。
 ともかく、あの病気が流行してしまった時点で死が確定……そんな人間が……少なからず居たのだ。
 いや、たまたま、この国では、そのような人間が人口の四分の三近くだった。
 そして、あの騒動の中で、この国では……あの病気に対して脆弱な「潜在的発症者」と、あの病気が平気な「無症状者」の対立が起きた。
 それは、そうだ。「潜在的発症者」にとって、「無症状者」は、病気を撒き散らしながら、自分達だけ生き残る連中に他ならない。
 「潜在的発症者」と「無症状者」の存在が明らかになり、両者を判別する検査が実用化された後……数で劣る「無症状者」は各地に作られた「壁」の中に住み、そこから出る事を禁じられるようになった。
 そう……それによって、伝染病騒動は終息したのだ。

 俺の国会議員当選は無効になり……俺は……壁の向こう側に追い遣られた。
鱶嶋ふかじま伝三さんだね……。○○市の『自警団』のリーダーだった……」
 壁の向こう側で、俺が住む事になった狭いプレハブ造りの「公営団地」。その同じ団地の住人らしい三十過ぎのすさんだ表情の男と、ばったり出喰わした時、そいつは、そう言った。
「え……っと……誰でしたっけ?」
「ニュースで聞いたよ……。いい気味だな……。ところでさ……あんたは知らないだろうが……俺の妹は……あんたの配下の自警団に殺されたんだよ……」
「待て……人聞きの悪い事を言うな……。あの時は……合法……」
「勘違いしないでくれるかな? 脅迫でも……殺人予告でも無いよ……。事実を言ってるだけだよ……。ああ、そうだ……この団地の住人の大半は……あの頃、○○市に住んでた人達でね……。あんたの事は、みんな、良く知ってるよ……」
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