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裁判長の名推理と新たなる謎

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「話になりませんな」
 被告側弁護人は、完全に馬鹿を見る目付きと、呆れたような口調で、そう言った。
 そこで行なわれているのは公判整理手続……裁判の前に原告側・被告側、そして裁判官が、裁判に提出される証拠を確認する場だ。
 この裁判は大麻所持容疑で逮捕された、ある芸能関係者の刑事裁判だ。逮捕直後、被告の持ち物の中から、大麻のみならず覚醒剤が見付かった、と云う警察発表が有ったにも関わらず……。
「一体全体、どう云う事かね?」
 裁判官は困ったような表情で、検事に問い掛けた……。
「は……はい、逮捕直後に被告の所持品の中から見付かった覚醒剤を……警察が紛失しまして……。ですが、被告は尿検査の結果、覚醒剤が検出されましたので……」
「使用の証拠は有ったが、所持していた証拠は出せない訳ですね」
「は……まぁ……」
「まさか、警察の中に証拠として押収された麻薬や覚醒剤を横流ししている不心得者が居るなんて事は……」
「そ……そんな……」
「被告に覚醒剤を売った人物は不明なんですよね?」
「な……何が言いたいんですか?」
「所轄の警察署の内部監査を実施すべきじゃないですか?」
「ええっと……」
「武士の情けで、あらかじめ言っておきます。警察が、このザマでは、そちらが、証人として、警察の担当者を呼んでも、弁護側としては、証言の信憑性を問題にせざるを得ませんな」
「ちょっと待って下さい」
 裁判長は事件の記録を見ながら首を捻った。
「被告は、○○○○年×月10日の17時ごろに逮捕、ここまでは良いですね?」
「はい」
「しかし、逮捕直後から譫妄を伴なう極度の興奮状態になり、その状態が、同月15日午後まで続き、マトモな取調べや検査は事実上不可能だった、と」
「証拠品として押収した覚醒剤の紛失が判明したのが、逮捕翌日の夕方ごろ」
「ええ」
「そして、同月16日午前中に、ようやく、尿検査・血液検査が可能になり、そこで覚醒剤が検出された、と」
「待って下さい」
「え?」
「ええ、被告弁護人が何を言いたいか、大体、判りますよ……覚醒剤を使っていたとしても、尿検査で覚醒剤が検出出来なくなるのは、最後の使用から何日後です?」
「条件によっても違いますが、最後の使用から1~4日後で……あっ!!」
「そう云う事です」
 裁判長は、ようやく正解に辿り着いた出来の悪い生徒を見る目で、検事を見ていた。
「ようやく判りましたか」
 やれやれ、と云った感じの弁護人だったが……。
「了解しました。すいません、被告人の容疑に証拠隠滅なども追加します。書類と証拠は次回までに……。では……申し訳ありませんが、書類の整理と新な証拠・証言を探す必要が有りますので、今回はこれにて失礼します」
「待て、馬鹿者!! 逮捕された被告が、押収された覚醒剤をどうやったのかさっぱり不明な方法で取り戻した挙句、留置所内で使った、と考えるより、単に、その鑑定結果がおかしいだけの方が、遥かに可能性が高いに決って……」
 しかし、弁護人の怒号は、あわてて部屋から駆け出して行った検事には届かなかった。
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