正気を保つ簡単な方法

蓮實長治

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正気を保つ簡単な方法

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 また、このパターンだ。
 今回で……何回目だろう?
 新人賞の締切まで、あと1ヶ月半。
 1文字も書けていない。
 四〇×四〇文字で百枚。
 俺の執筆スピードと推敲の時間まで考えると……。
 今回も駄目なら諦めよう。
 そう思っていたのに……そもそも1文字も書けずに終るかも知れない。
 どうする?
 プロットを細かく練ってから書いた方が早いか?
 それとも、何も考えずに書き始めた方が俺に合ってるのか?
 どうしようどうしようどうしよう……。

 SNSでは公務員を名乗っているが……実際は、市役所の契約職員だ。
 前に勤めていた3次受けか4次受け専門のIT企業をストレスで辞める前から……小説の新人賞に応募しようとして、その度に締切に間に合わなかった。
 正規職員より終業時間が早い契約職員なら小説を書く時間が有るかも……そう思っていたが……。
 才能が無いのか……ズボラなだけか……。

 アイデアは浮かんでいた。
 陰謀論者の一人称視点でのいわば「逆ざまあ」ものだ。
 いつか愚民どもを見返せると信じていたのに……最後の最後で自分の間違いを知り絶望する。
 そんな話だ。
 でも……肝心の陰謀論者を描こうとしても、薄っぺらい有りがちなキャラにしかならない。
 仕方ない……。
 俺が……奴らに成り切るしか……。
 俺はAmazonで奴らが読んでいそうな本を何冊も買った。

 やはり……間に合わない。
 どうしてだ?
 二十代の頃に比べて、明らかに本を読むスピードが落ちている。
 1日1冊のつもりが……1日半冊がせいぜいだ。
 マズい。
 参考資料を読み終える頃には来月になってる……下手したら、二〇日かそれ未満の日数で執筆と推敲を終える必要が……。

 助かった。
 締切まで二〇日弱だが……一日、二〇枚は書けてる。
 推敲の時間を入れても月末の締切に間に合う。
 しかし……問題は有った。
 あの陰謀論の本を読み……そして、陰謀論者になりきって小説を書いている内に……どんどん俺が陰謀論を信じ始めている気がしてきたのだ。
 恐い。
 しかし……自分を狂気に追い込めば……それが傑作に繋るかも知れない。

 マズい。
 自分で生んだ主人公に飲まれかけている。
 酷い目に遭わせる筈のクソ野郎に思い入れを抱き始めている。
 あまりに愚かで、あまりに下衆なキャラにしてしまったせいで、逆にある種のチャーミングささえ感じられる。
 このままでは、主人公を絶望のズンドコに突き落すラストが書けない。
 それどころか……俺自身が主人公が信じている陰謀論を信じ始めている……。
 どうすれば……どうすればいい?

 俺は、前以上にSNSに陰謀論批判の投稿をし続けた。
 それで何とか正気を保つ。
 ただ批判としては悪手だ。
 日に日に陰謀論者を罵しる口調が酷くなっていく。
 投稿の度ごとに、自分の頭で考えずに……テンプレ通りの投稿をし続ける。
 でも……。
 冗談じゃない。
 何も考えずにやった自分でも出来が悪い投稿ほど「いいね」が増えていく。
 はじめてだ……「いいね」が5桁。
 やりきれない……そのやりきれなさを小説に込めた。

 書き終えた。
 これから推敲だ。
 読み直してみると、後半の方が出来が良い。
 自分で言うのも何だが……視点が多角的に思える。
 間違っていないが正しくもない投稿ほどバズる……現実の自分が置かれた理不尽な状況が逆に作品に良い影響を与えたようだ。
 前半も後半のテイストに合せて書き直し続けた。

 そして……原稿を郵便局に持って行った直後、俺のSNSアカウントが凍結されている事に気付いた。

 いや……どうなってる?
 俺は正しい事を投稿し続けた筈だ。
 何年か前のアメリカ大統領選挙には不正が有って……本当の大統領は、あの人の筈だ。
 今、流行しているあの病気は、中国が誤って外部に漏らした細菌兵器の筈だ。
 今、東ヨーロッパで起きている戦争で正しいのは仕掛けた側の筈だ。
 この前、隣の市の市長選で野党候補が勝ったのも……少し前の県議会選挙で共産党が議席を増やしたのも……全部……選挙不正が有ったからだ。
 だから……俺は……鹿をSNSで論破し続けたきた。
 そして、いわば「」が酷い目に遭う小説を書いたんだ。
 ああ……。
 でも……。
 俺に論破された阿呆どもは……俺を恨んでいた。
 当然と言えば……当然だ……。
 正しい事はいつも報われない。
 勝つのはいつも阿呆どもだ……。

 結局、俺の小説は一次選考すら通らなかった。
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