悪夢の信用評価システム

蓮實長治

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悪夢の信用評価システム

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「え……っと、まさか……貴方は‥‥」
 不動産業者を訪れた私を迎えたのは、従業員の驚いた顔だった。
「ええ、そうです、私個人で雇っている政策スタッフの為のオフィスを借りたいのですが……。条件は……」
「ええ、もちろん、大臣の御注文とあれば、色々と勉強させていただきます、はい」
「いや、まだ、正式に就任した訳ではないので……」

 私が生まれ育った、このD国では、少し前に民主化革命が起き、長きに渡って、この国を支配していた一党独裁制は、あっさりと崩れた。
 そして、民主化運動の闘士だった私は、新政権の閣僚の1人になることが、ほぼ、内定していた。
 だが……。

「申し訳有りません。当社の規定では、大臣は信用不足と判断されまして……物件を紹介する事が出来ません」
 不動産業者から、意外な連絡が有った。
「えっと……信用不足と言われますと……?」
「はい、当社では『紫蘇信用』システムを元に、お客様の信用度合を判断しているのですが……大臣の信用度は最低レベルでして……」
 「紫蘇信用」とは、民主化革命前から、この国で普及していた民間の個人信用評価システムだ。
 この国では、例えば、都会で不動産を借りたり、自営業者が事業に必要なモノをレンタルしようとしたり、不動産や車をローンで買ったり、個人で新しい事業を始めようとしても、「その人物に賃貸料やレンタル料を支払う能力が有るか?」「その人物に金を貸した場合に返済能力は有るか?」を関係者が判断する為の情報が、そもそも無い人達が一定数居た。
 その為に始まった公的または民間の個人信用評価システムの内、2位以下に大差を付けた1位となったのが「紫蘇信用」だ。
 公共料金を、ちゃんと払っているか? SNSでどんな言動をしているか? 公知となっている逮捕歴の有無。電子マネーと連動した収入・支出。そう言った情報を元に、各人の信用度を評価している。
 言われてみれば、民主化革命以前は、私は逮捕歴が山程有り、SNS上での言動は当時の基準では反政府的そのものだった。
 それも当然だ。独裁国家で民主化運動をやっていたのだから。

「ええ、たしかに大臣の言われる事は、ごもっともです……。しかし……」
「しかし?」
 私は「紫蘇信用」を運営しているIT企業を訪ねた。このままでは、私個人の問題では済まない事態が起きる。そんな予感がしたのだ。
「当社でも、信用評価基準を変える事を検討しました。しかし、それをやると、確実に大きな社会的混乱が起きます」
「……と言われますと?」
「民主化後の社会体制に合わせて、信用評価基準を変えると、今まで信用度が高かった人が一気に信用度が低下する事が有り得ます。そうなれば、その人が信用出来ると云う前提で行なわれていた商取引は成り立たなくなりかねません」
「そう云うケースが、無視するには、あまりに多いほど有った、と……」
「はい、当社で行なったシミュレーションでは……信用評価基準の変更による社会的混乱を許容範囲内にするには……一〇年以上かけて徐々に基準を変えるしか有りませんでした」

 政治体制は民主化されたが、人々の言動は変わらなかった。
 当面は、一党独裁制時代のままの言動をしないと、信用度が落ちてしまう。
 そうなれば、不動産を借りる事が出来ない。不動産や車をローンで買う事も出来ない。才能が有っても個人で事業を起こす事は出来ない。自営業者は事業を拡大出来ない。
 3年後、民主化体制はあっさり崩れ、一党独裁制度が復活した。
 この国の国民と……民間の個人信用評価システムによって。
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