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巧遅を避け拙速を求めんとすれば、却って拙遅となる

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「自分の命を失おうとする者は命を全うするだろう」というマタイ伝の言葉は、聖者や英雄のためだけの神秘な言葉ではない。
水夫や登山者のためのごく日常的な忠告にほかならぬ。
G.K.チェスタトン「正統とは何か」

「総理、例の伝染病の予防注射の予約システムですが、これだけの不具合が見付かっています。そもそも、このシステムは、ちゃんとテストされた上でリリースされたのでしょうか?」
「あの……今は、例の伝染病による未曾有の国難の時です。戦争も同じです。多少の問題が有っても、巧遅より拙速を選び、少しでも多くの国民に予防注射を打つ事が急務と考えています」
「いや、だから……システムの不具合のせいで、予防注射を受けられない人が……」
「あ……すいません、質問時間切れです。あと、事前通告の無い追加質問はお控え下さい」
 だが、数年後、その総理大臣の任期が終る前に、その国は戦争当事国となった。

「おい、お前の会社が納入した新兵器、戦地に届いてみたら、半分近くが故障してたぞ」
「あ……どうやら、輸送中に想定外の振動が加わると、故障する場合が有るみたいですね」
「おい、輸送のテストしたのか?」
「はい、工場内の道路で」
「はぁ?」
「えっと、条件は、ほぼ平坦でほぼ直線の道路、制限速度40km/h、距離500mほどですね」
「ふざけるな。戦地に届けるまでと全然条件が違うだろ」
「あの、国防長官、今は戦争中ですよ。未曾有の非常時ですよ」
「何言ってる、判ってるよ、そんな事は」
「ですので、巧遅より拙速を選び、少しでも多くの新兵器を戦場に……。ええ、我が社の新兵器の半分が不良品なら、軍に買い上げていただく台数を倍に……」
「いいかげんにしろ。あんなバカデカいモノの輸送量を倍にして、戦地に着いたら半分は捨てなきゃいけないだと? 補給計画を一から作り直せとでも言うつもりか?」
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