少年犯罪対策の失敗

蓮實長治

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少年犯罪対策の失敗

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「参考人、十年前に行なわれた少年法の改正まで、我が国の少年犯罪の再犯率はどの程度でしたか?」
 野党議員は、参考人として国会に招かれた犯罪学者にそう訊ねた。
「は……はい。一度、少年院から出た後の再犯率は5%以下でした」
「では、十年前に行なわれた改正により、十歳以上の未成年者が有期懲役相当の犯罪で有罪となった場合、特別な場合を除いて、少年院ではなく一般刑務所に送られるようになってからどうなりました」
「は……はい、出所後の再犯率は大人並になりました。また……少年犯罪のピーク年齢も上がりました」
「ちょっと待って下さい、どう云う事ですか?」
「はい、諸外国では十八歳から二〇歳までが犯罪発生率のピークで、二〇代後半ぐらいで急激に下がるのに対し、少年法改正までの我が国では、十五歳ごろが犯罪発生率のピークで、そこを境に急激に下っていましたが、少年法改正からは、その傾向が崩れつつ有ります」
「では……十年前に行なわれた少年犯罪の厳罰化は……いわゆる『正義の暴走』であり、逆に少年犯罪を増加させたのでしょうか?」
「しかし、学説は学説、法律は法律です。生物学において、一般的な哺乳類は、こう行動する傾向がある、と云う学説が定説であっても、それに合わせて法律を決めるべきかは、ケース・バイ・ケースです」
「でも、事実としてはどうなのですか? 事実を無視して行なわれた法改正であれば、元に戻すのが筋でしょう?」
「いや……それが……十年前の少年法改正は、ここ三〇年ほどで起きてきた傾向を更に悪化させただけでは無いのか? と云う説が、我々、犯罪学者の間では有力となりつつ有ります」
「どう云う事でしょうか?」
「は……はい……。そもそも、我が国は、他国に比べて、少年犯罪も成人による犯罪も極端に少なかったのですが……それを巧く説明出来る要因……仮にファクターXと呼びますが……を我々犯罪学者も見付ける事が出来ていませんでした。しかし、ここ三〇年ほどの極端な景気の悪化と、それにともなう高校進学率が八〇%を切った事が、ファクターXを無効化しつつ有るようなのです」
「それは……単に景気が悪くなると犯罪が増えるだけの話では……?」
「それだけでは説明出来ない点が有りまして……」
「そもそも、我が国で犯罪発生率を低く留めていた『ファクターX』とは何なのですか?」
「他国には、ほとんど無いにも関わらず……我が国では、余りに当り前でありふれているので、逆に気が付かない『何か』であろうとは思うのですが……その……」
 そう言いながら、犯罪学者は、額の傷跡をポリポリと掻きながら「どう説明すれば良いやら」とでも言いたげな顔をしていた。
 その傷跡は、何十年も前から、この国の国民が、高校入学時、または、少年院において十五歳になった後の最初の4月に受ける事を義務付けられている前頭葉改造手術の際のあとだった。
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