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小説投稿サイトの運営ですが、何故か、世界各国の諜報機関に狙われまして

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「新機能は、今んとこ、ちゃんと動いてるの?」
 社内の定例打ち合わせで、俺は、そう聞いた。
「メニューや説明の多言語化は問題なしです。公開範囲制限についても時にユーザからのクレームは来てません」
「まぁ、万が一、問題が見付かったら、すぐに対応出来るようにしといて」
「一応、新機能の開発を担当した下請さんとは、新機能リリース後半年間は開発チームを解散させない、って契約になってますんで」

 俺が社長(雇われ社長だが)を勤める会社が運営する小説投稿サイトに新機能を2つ追加する事になった。
 1つは多言語化。小説本文までは流石に無理だが、サイトのメニューや使い方の説明などは、英語・中国語……その他メジャーな言語に翻訳して、ユーザーが好きな言語を選べるようにした。
 もう1つはSNSで言うなら「鍵アカ」に相当する機能だ。「自分が書いた小説に対して、肯定的な感想は欲しいが、否定的な感想は見るのも嫌」と云うユーザーが一定数居るみたいで、言わば「相互フォロー」しているユーザーにしか自分の書いた小説を見せないようにする機能が欲しい、と云う声が無視出来ない程度には有ったのだ。
 だが、それが、こんな事態になるとは……いや、後にして思えば……そんな機能の望んだ「ユーザーの声」そのものがあるいは……。

 それから、しばらくして、急に外国からのアクセスが増えた。
 アメリカ・ロシア・イギリス・EU諸国・東欧・中国・香港・インド・中東諸国・ニュースでも年に1度聞けば御の字のアフリカのどこかの国・その他もろもろ。
 やがて、外国語で書かれてる上に、公開範囲を制限してる小説が、アクセス数上位に入るようになった。
「これが……そのアクセス数上位の小説なの?」
「ええ……日本語に翻訳してはみましたが……」
 色んな言語で書かれてはいたが……共通してるのは、読めたモノじゃない、と云う程ではないにせよ、そんなに出来が良いとは思えない、たわいのない短編だと云う点だった。
 例えば、貴方が今読んでるこの小説みたいな感じだ。
「ただ……感想がやたら多くて」
「どんな感想?」
「小説と関係ない内容の感想です」
「へっ?」
「例えば、この中国語の小説ですが『この小説を課題にした読書会をやるので集って下さい』とか……」
「へぇ……」
「ただ、その『読書会』の場所が『例の海辺の博物館』とか、ボカされた書き方をされてて」
「小説の感想欄を、何かのサークルが掲示板代りにでも使ってるの?」
「あと……読書会ってのも、ちょっと気になって……。韓国の映画やドラマは御覧になられますか?」
「いや、中国語の小説と韓流ドラマに何の関係が有るの?」
「植民地時代や軍事政権時代を描いた韓国の映画やドラマでは……独立運動家や民主化運動家のグループは表向きは『読書会』を名乗ってる場合が多いんですよ」

 数日後、まだ、謎は解けないままだが、その日の仕事は終り、俺は退勤した。
 近くの蕎麦屋で天ざると冷酒を頼んで夕食代りにする。
 ふと、近くの席に居たカップルに目が行く。男女ともに、中々、お洒落な格好だが、しゃべっているのは中国語だ。……あれ? 例の伝染病の騷ぎは終息してないのに、もう中国人観光客が戻ってきたのか?
 別の席には、やたらとガタイがいい白人の3人連れ。……妙だ。よく見ると……箸を扱い慣れてないみたいだ。アメリカやヨーロッパの映画やドラマだと、アジア系以外でも、箸をちゃんと使える人は居るみたいに描かれてたが……あれは、映画やドラマの中だけの話なんだろうか?
 更に別の席には、結構、高めの店なのに、妙にくたびれた背広の中年男が2人……待て、こいつらも変だぞ。何で、背広なのに靴は……一応は革製だけど……あの靴、俺も以前使ってたヤツだ……ビジネス・シューズじゃなくて、ウォーキング・シューズだ。

 嫌な予感がしつつも……いや、嫌な予感がしたからこそ、その「予感」を確かめる為に、俺は蕎麦屋を出た後、焼き鳥屋に入った。
「ぼんじり、せせり、白レバー……2つづづね……。あと、ヱビスビール大ジョッキで……」
「はい」
 だが、注文したものが焼き上がる頃、俺は、個数限定の焼き鳥を味わう所ではなくなっていた。
 ガタイのいい白人3人組。
 中国人らしい若いカップル。
 くたびれた背広に歩きやすさ・走りやすさ重視の靴の中年男2人。
 次から次へと、さっきの蕎麦屋に居た面々が、俺の居る焼き鳥屋に入って来たのだ。
 続いて、白人3人と同じ位やたらとガタイは良いが……人種は、白人1人に黒人とアジア系1人と白人っぽいけど他の人種の血も混じってそうなのが1人……と、まぁ、ポリコレに配慮したかのような多用な人種構成の4人連れの男が入って来た。
 何故か、その4人連れが店に入った瞬間……蕎麦屋にも居た3組に緊張が走った。

「す……すまん……一番、近い警察署まで……」
「は……はい。どうしたんですか、お客さん?」
 4軒目の店を出た頃には、何でそうなったかは見当も付かないにせよ、完全にマズい事に巻き込まれているらしいと判った。俺を付けてくる連中は……最低でも7組25人以上にまで増えていた。
 だが、タクシーに飛び乗ったまでは良かったが……。
「おい、アレは何だ? どうなってる?」
「し……知りませんよ……。あたしも、こんなの初めてですよ」
 俺が乗ったタクシーを、更に何台ものタクシーが追い掛けていた。

「なぁ……我々も、あくまで仕事でやってるんだ……。合理的にいこうぜ。必要な情報が入手出来れば、お互いに争う必要は有るまい」
 中々、イカした格好の兄ちゃんは、中国語訛りの英語で、一同にそう言った。
 一同とは、俺を拉致した最低でも8組30人前後の連中の事だ。
 あ……くたびれた背広に歩きやすさ・走りやすさ重視の靴の中年男2人は除く。このは、他の連中と利害が一致してなかったようで、あっさり死体になった。
「と言う訳で、この小説を書いたヤツと、この小説に感想を付けたヤツの……感想の内容、メールアドレス、IPアドレス……その他、あんたの会社が持ってる限りの情報を我々に渡してもらおう」
「こっちは、この小説の作者と感想を書いてるヤツについて、同じ情報を渡して欲しいんだが……」
「ウチは、この小説だ……」
「待ってくれ、一体、何がどうなっている?」
「奴らを『悪政に立ち向う正義の闘士』と見るか……単なるテロリストと考えるかは、あんたの勝手だ。だが……色んな国の政府や諜報機関から目を付けられてる様々な組織が、あんたの会社が運営してるサイトを情報のやり取りの場として使うようになったらしい」
「はぁっ?」
「少し前までは……オンライン・ゲームのチャット機能だったらしいがな……。我々が、そっちも監視するようになったので、やり方を変えたようだ」
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