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悪夢!! 傷付く人が最も少ない映画批評

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 多分、俺は、TVの日曜洋画劇場で淀川長治がやってた映画紹介を生で観ていた最後の世代だろう。
 だが、あの頃、淀川長治が言ってる事が何か変だと感じていた……ような気がする。
 そして、「本当は恐い淀川長治の映画批評」なんて本が出てSNSで話題になっていた頃、ネット論客の奇筑きちくおもねさんや本山もとやま三留念さんりゅうねんさんが、Amazonのこの本ページに書いていた星1個の評を読んで納得がいった。

 俺は寛容な男のつもりだ。
 マイノリティだから劣っているとか、そんな事を言うつもりは無い。
 だが、マイノリティに発言権を与えたら、攻撃的な事を言い出す傾向が有るのは事実だろう。
 無数のエビデンスが有る事実だから仕方ない。「正義の暴走」ってヤツだ。
 淀川長治はTVでは、ちょっと変ってるけど温厚なおっさんを演じていたが、文章化されたものや、他の映画関係者との対談では……かなり攻撃的な事を言ったり書いたりしている。
 そして、その原因は……淀川長治が今で言うLGBTQで、そして……今で言う「ポリコレ」に近い考えを持っていた為であるのは明らかだ。
 いや、奇筑きちくおもねさんや本山もとやま三留念さんりゅうねんさんの受け売りだが。
 流石は「テロ朝」と呼ばれたTV局だけはある。
 表現規制論者になりやすい傾向が有るヤツに映画評をやらせて公共の電波で流しやがっていたとは……。

 マイノリティに映画評をやらせると攻撃的なモノになりやすいなら……みんなの意見を総合した映画評を作ればいい。
 俺は腐ってもAIの研究者だ。やって出来ない事もない。
 まず、SNS上でバズってる映画評をいくつか文章解析し……それを繋ぎ合せた文章を何十・何百と作る。
 もちろん、大半は、ぱっと見では日本語で書かれた文章のように見えて、よくよく読むと意味が通らない。
 しかし、更に別のAIに、その何十・何百個の文章を解析させる。
 その何十・何百個の文章で、どれが一番、意味が通るかを評価させ、一番、評価が高いものを採用する。
 この方法のキモは、映画評論を作るまでに関与しているAIのどれ1つとして「文章の意味」を理解していない事だ。
 文章解析や文章の合成は……例えばプログラムのコンパイラが「このプログラムは何をやる為のものか?」を理解していないように、あくまで機械的な解析・合成に過ぎず、「文章として意味が通っているか?」を判定するAIでさえ、「文章の意味を理解しないままのパターン分け」をやっているに過ぎない。
 SNSでバズっている意見を何の価値観も持たないAIに整形させる……そうして出来た映画評こそ万人受けるす映画評になる筈だ。
 そうだ……人類史上、最も公正中立な映画評の出来上がりだ。

 もちろん、最初のバージョンは巧く動く訳もなかった。
 しかし、どんどん改良を重ね、レンタルサーバー上で公開し……そしてAIによる映画評はSNS上で話題になっていき……。
 ひょっとしたら「四〇過ぎてFラン大学の非常勤講師」と云う惨めな境遇から抜け出せるかも知れない。
 俺は、そんな希望を抱き始めていた。

 そんな中、ある映画が話題になっていた。
 日本の資本で日本のスタッフが作った映画だが、公開は海外の方が先だった。
 どうやら、日本の現政権への批判をやっているらしく、SNSでは「観る価値なし」「反日プロパガンダ」「独り善がりな正義が鼻につく駄作」と云う意見が大勢を占めた。
 もちろん、俺が作った映画評AIが吐き出した評論も、それに沿った内容だった。

 やがて、その反日映画は日本でも公開され……何故か大評判になった。
 SNSでバズっている意見には、とんでもないモノが山程有った。
「観てもなかった奴らが『観る価値なし』とか言ってたのかよ」
「これが反日プロパガンダ扱いされる日本社会を望んでる人こそ、言論の自由が無い国にでも亡命してください」
「あ~あ。二言目には『正義の暴走が~』とか言ってた連中が『正義の暴走』をやらかして嘘を撒き散らしてたのか」
 おい、待て。
 何を言ってる?
 お前、「正義の暴走」って言葉の意味を知ってるのか?
 「正義の暴走」は常にマイノリティがやらかすモノの筈だ。
 ナチスの時代であれば、ナチスの蛮行を止めようとする行為が「正義の暴走」の筈だ。
 ポルポト政権下であれば、ポルポトの大虐殺を止めようとする行為が「正義の暴走」の筈だ。
 文革の頃の中国であれば、毛沢東を批判するのが「正義の暴走」の筈だ。
 関東大震災の時なら、朝鮮人虐殺を止める事こそが「正義の暴走」の筈だ。
 一九九〇年代のルワンダの大虐殺の時であれば、殺されようとしてる奴らを救う行為こそ「正義の暴走」の筈だ。
 こ……こんな……「正義の暴走」の意味を履き違えてる奴が増えると、その内、日本でも大量虐殺が……あれ?
 どうやら、俺の作った映画評AIがSNS上での、あの反日映画の評価が変った事で……あの反日映画の評論を書き換えたようだ……。
 マズい……よりにもよって、俺の作ったAIシステムが……あの反日映画について「正義の暴走」の意味を履き違えを肯定するような評論を……ん?
 何だ、こりゃ?
 えっと……確かに……SNS上での意見の大勢を反映した評論になる以上、こうなっても不思議じゃないが……。
 おい……こんなのが公開されたら、俺の作ったAIシステムが、とんだ欠陥品だと云う評判が広まってしまう……。
 ああああ……。
 俺が作った映画評AIが、新しく出力したあの反日映画の評論はこうだった。
「例の映画評AIがやった評価は信用出来ない」
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