AIとテロとトーマス・ベイズと自由意志と

蓮實長治

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AIとテロとトーマス・ベイズと自由意志と

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 一体全体、日本は、どうして、こんな社会になってしまったのか?
 この5年ほど、閣僚・与党幹部・それらの経験者を狙ったテロが、年に4~5回の頻度で起こり、そして、その内の5人に1人は重症を負うか死亡する羽目になった。
 もちろん、その対策としてテロが起きた際に犯人の可能性が高い者を割り出すAIが作られたのだが……。
「お前の情報は公安に全く無い。よく、我々の目を逃れ続けたものだな。一体全体、お前は誰で、どうやって公安の目を逃れ続けた?」
 県会議員選の応援演説にやって来た副総理を狙った爆弾テロが起きた翌日、俺は留置所に御案内された。
「俺が、どこの誰か知らないのに、逮捕したのか? 気は確かか?」
「お前がSNSにやった書き込みには……ここ数年のテロ犯達によるSNSへの書き込みと良く似たパターンが見られた上に、監視カメラの映像から、事件が起きた時にお前が現場近くに居た事は判っている」
「おい、自分の目で、そのSNSの書き込みや監視カメラの映像を確認したのか?」
「AIの分析だ。確認するのは検察官の役目だが……お前らサヨクどもも良く御存知の通り、我々公安は送検や刑事裁判での勝訴が目的じゃない。お前がロクデモない目に遭って、他のサヨクどもへの見せしめにさえ成れば、それで次のテロは防げるだろう」
「残念だったな。俺がどんな目に遭っても……サヨクどもへの見せしめには成らんぞ」
「何を言ってる?」
「だから、すぐに俺が、どこの誰かを確認しろ」
「はあ? どこぞの糞サヨクだろ?」
「あの……先輩……この被疑者マルヒどっかで見覚えが……」
 その時、取調べを行なっていた警官の内、若い方がそう言い出した。
「えっ?」
「悪いが、超頭がいいAI様が判断をお間違えあそばしたたせいで逮捕されたのは2回目だ。その若いのとは、そん時に顔を合せた覚えが有る」
「はあ? 冤罪だとでも言うつもりか? 馬鹿か、お前は? 極端な話、冤罪だろうが何だろうが、お前をサヨクどもへの見せしめに使えれば、それでいいんだよ」
「あのな……まだ、判らんのか? 公安に俺の情報が無いのは……俺が公安にとっては『監視対象にする』という発想さえ浮かばんような人間だからだ」
「何を言ってる? 自分が天皇陛下だとでも言うつもりか? 精神鑑定で無罪を狙おうとしても……」
「そして、事件の現場の近くの監視カメラに俺が映っていたのも……俺が、あそこに居ても誰も何も不思議だとは思わない男だからだ」
「だから、何の事だ? お前は一体全体、自分をどこの誰だと言いたいんだ?」


「だから、どうなってるんだ? テロの容疑者として誤認逮捕された人達のSNSへの書き込みを見たら、明らかな与党支持者ばかりだった。何故、AIは与党支持者を政府・与党関係者へのテロの容疑者だと誤判断したんだ?」
 首相はテロ対策AIを作った学者を、そう問い詰めた。
「ええっと……何と申しますか……理想論としてはAIにはテロを起した者の情報のみならず、も学習させるべきでしたが……そっちの方に技術的問題が有りまして……」
「はあ? おい……まさか、与党支持者が与党の政治家を狙ったテロを起こしてるとでも……」
「ええっと……ああ、喩え話で説明させていただきます。秘書官、今使われているPCで、ちょっとした計算をしていただきたいのですが……」
「はぁ、何でしょうか?」
「マスクをしていれば、ある程度は防げる病気が流行しているとします。外を出歩く時にマスクをちゃんと付けている人は全人口の95%で、問題の伝染病に罹患しているのは、その条件に当て嵌る人の場合は一万人に1人、残り5%は、外を出歩く時にマスクをちゃんと付けておらず、その条件に当て嵌る人は百人に1人の割合で問題の病気に罹患しているとします。では、全罹患者の内、外を出歩く時にマスクをちゃんと付けていた人と、そうでない人の割合はどうなりますか?」
「まぁ、そりゃあ……一応、計算してみ……あれ? 計算間違ったかな?」
「どんな結果が出ました?」
「い……いや……って変な結果が……」
「それと同じ事です。テロが多発するような社会になってしまった以上、与党支持者の1人1人が、例え、そうでない人よりもテロを起こす確率が低くても……与党支持者の人が圧倒的多数であれば……
「お……おい……待て。テロは病気じゃない。やるもやらないも、それぞれの人間の意志や判断の結果の筈だ。だから、テロをやった奴らを法律で裁けるんだ。テロが起きるのは、健康に気を付けても病気になる可能性が0じゃなくならないようなモノなら……テロ犯を裁き罰する事に何の意味が有る? ……
「あの……総理……私は人工知能の研究者として……時々、思うんですよ……。人間の脳の研究が進めば進むほど……、って……」
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