人間が描けていない

蓮實長治

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「あの批評家、ブッ殺してやる!!」
「無理です。いや、不可能じゃ有りませんが……かなり困難です」
 怒り狂う「センセイ」に対して、俺は、そう言った。
「何でだよ?」
「あの批評家は最新型のAIですので」
「何言ってやがる!! AIが動いてるコンピュータをブッ壊せば……」
「いえ……そう簡単にいきません。理由は2つ有ります。あの批評家の『ソフトウェア的な実体』は1つのコンピュータ上に有るのではなく、複数のコンピュータ上で分散処理をしています。あいつの『設定』にも依りますが……全台数の3分の2~半分を破壊しない限り、あいつは機能停止しません。あいつをブッ殺すには、あいつの『体』が、どこに何台有るかを、まず突き止める必要が有ります。あいつの事ですので、一箇所に『体』を纏めて置いてるとは考えにくい。あと、それが可能でも……定期的に自分のバックアップを取ってるでしょうから、あいつをブッ殺せても、他のAIが、あいつを復元すると思いますよ」
「お前なぁ……、それでも小説家の編集者か?『ブッ殺す』ってのは比喩に決ってるだろ」
 しまった。AI批評家に「AIが描けていない」と言われた事について怒ってるヤツに「あんたはAIの事が判ってない」と解釈されかねない話をしたのは失敗だった。
「大体、どんなのが『AIが描けてる』って言うんだよ?」
「ええっと……」
 いや、最近のAIは、「センセイ」の小説のAIみたいに……人間に対して「それは非論理的です」なんて言ったりしない。例えば、この「センセイ」の小説を批評したAI批評家であれば……「郡山藤政氏が、私の批評に反論出来なくなったら、彼が『断筆詐欺』でもやるだろう」みたいな煽り文句を入れてくる。
 「若返り治療」を受けて四十代の体を取り戻した途端に、煙草を1日4箱、酒をガブ飲み、脂っこいモノをドカ食いした挙句、あっと云う間に重度の脳梗塞(脳梗塞になったのは本人の責任では無いが、脳梗塞になった場合の危険度が爆上がりするような生活をしていたのはどう考えても本人の責任だ)で曖昧な状態になった昭和期から活動していた人間の小説家の郡山藤政氏だったが、何とか、彼の人格を再現したAIを生み出す事に成功した……。
 しかし、人間だった頃に、批評家から「人間が描けていない」と散々言われてきたと思ったら……今度は「AIが描けていない」と揶揄されるようになってしまった……。
「畜生、なら、ヤツの言う通り、筆を折って……」
「本当に断筆するんですか?」
「ああ、やってやるよ。人間だった頃から何度『断筆詐欺』って言われた事……おい、何をした?……?」
 いや、もう、この人……だかAIだかには付き合いきれない。言質を取った以上、容赦なくやらせてもらう。
「センセイのシャットダウン処理ですが。執筆を再開する気になったら、また、センセイを起動しますので、その時は連絡して下さい」
「おい……待て……。『俺』が動いてないのに、『俺』の気が変る訳ね~だろ!! あと、動いてないAIがどうやってお前に連絡を入れる? そもそも、さっきの『断筆』は言葉のあや……」
 この「センセイ」を再起動するような酔狂なAIは、まず居ないだろう。
 ああ、せいせいした。
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