くだんのくび

蓮實長治

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くだんのくび

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 突然、兄が死んだ。
 会社に来なくなり、連絡しても電話にも出ず、LINEでも反応が無く……そして、恐怖に引き攣った表情を浮かべた死体となって発見された。
 会社員をしながら小説家を目指していたが、マトモな作品を書き上げる事も出来ないまま四十も後半になり、結婚もせず(もしくは出来ず)、この齢になっても係長にさえなれないまま……ああ、身内とは言え、みっもない人生だ。
『……とか思っているのだろう、我が妹よ』
 兄が住んでいたアパートのチャブ台の上には、私が兄の死について思った事と八割方一致している内容プラスその一言が印刷されたA4の紙が有った。
 その紙の一番上には「無題」。使われている字は見慣れたWindows標準のフォントだ。
 だが、その紙の下半分には、何故か緑色のボールペンで、奇妙な事が書かれていた。
『くだんのくび』
『同義語が偶然にも、呪文になった?』
『せいこうした……こういうことか……』

 兄が書き残した「くだんのくび」とは、昭和期のSF作家・大杉酔狂が書いた怪談小説だ。
 とても恐い事だけは判っているのに、誰も内容は知らない怪談……つまり……。
 だが、兄は、その「くだんのくび」と云う怪談の元になった事実が有ると考えていたようだ。
 その「事実」とは……「くだんのくび」の同義語が偶然にも何か恐しい事を起す呪文だった、と云う事らしい。
 もっとも、その「事実」が、本当に「事実」なのか、兄の妄想なのか、よく判らないが。

 「くだんのくび」の「くだん」とは「件」の事だろう。
 では………。
「例の首」
 当然、何も起きない。
「あの首」
 やっぱり、何も起きない。
「ひとうしの首」
 捻ってみても、何も起きない。
 ……起きる訳が無い。
 いや、待てよ、大杉酔狂は戦中世代だった筈。ならば、その世代にとって「くだん」と言えば……。
「……の首」
 私は、東京の九段にある、ある場所の名前を唱え……待て、何だ、あれは……?
 まるで、戦時中の南方の……。
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